ロシア人の見たニッポン

 多忙につき、今年前半くらいまでは、本コーナーは手抜きになると思うけど、ご容赦を。

 以前、私どもロシアNIS貿易会の現地職員として活躍したロシア人のドミトリー・ヴォロンツォフさんが今般、日本を紹介する素晴らしいウェブサイトを立ち上げた。日本の47都道府県をすべて回ったらしく、それぞれの都道府県について、充実した紹介文を披露しておられる。なお、今のところテキストはロシア語だけ。

http://www.allnippon.ru

 そのヴォロンツォフさんが語っているこちらの「商談中、ベテラン通訳は何を考えているのか? 日露メンタリティの見えない壁」というお話も、非常に興味深く、こちらは日本語なので、ご一読をお勧めする。

 上掲のallnipponのサイトを眺めてみると、たとえば私の生まれ故郷である静岡県については、伊豆旅行記、プチャーチン来航、日本茶、カメの水族館、駿府公園、東海道旧道、大井川鐡道、三保の松原、浜松城、海鮮と、10本ものエッセイがフォトギャラリーとともにアップされている。日本の全都道府県を踏破することは、日本人でもなかなか難しいと思うけれど、各都道府県についてこれだけ詳細に調べて情報を発信しているというのは、まったく頭が下がる。ヴォロンツォフさんの好奇心と行動力と語学力が成せる業だろう。

 この「マンスリーエッセイ」のコーナーは、旅行記が中心になっており、ロシア・ウクライナ・ベラルーシの色んな地域への訪問の模様を記録してきた。しかし、3年ちょっと前のこちらの文章に書いたように、ロシアなどは地域の数が80以上に上るので、個人的にその半分も訪問できていない。それに比べれば、ウクライナの27地域は、あと数地域でコンプリートというところまで来ているが。まあ、いずれにしても、私の場合はロシア・ウクライナの地方を回るにしても、仕事で州都に1日だけお邪魔するようなパターンが多く、それ以外の中小都市にはなかなか行けないし、歴史や文化に触れる余裕もない。また、ロシアの地方都市なんかの場合には、日本のような名産品やご当地グルメみたいなものがないので、そもそも地方行脚の面白みには欠けるという面もある。まあ、それでも、ヴォロンツォフさんの足元にも及ばないにしても、私もなるべくロシアやウクライナの多くの地方を訪れて、その国の多様な姿を知って紹介するように努力したいものだと、改めて思った。

(2017年3月23日)

日本とロシアで対照的な財政規律

 私のブログを読んでいただいている方はお気付きかもしれないが、私は来たる日本の財政破綻に関する本を読むのが、趣味の一つのようになっている。以前ブログで、「財政破綻に備えた資産防衛を考える(読書の秋)」というエントリーを書いたことがあった。それから1年半ほどが経ち、この間もいくつかの本を読んでいる。いくつか列挙してみようかと。

 久保田博幸『聞け! 是清の警告 アベノミクスが学ぶべき「出口」の教訓』(すばる舎)。これについては、こちらで簡単にレビューを書いた。

 徳勝礼子『マイナス金利―ハイパー・インフレよりも怖い日本経済の末路』(東洋経済新報社)。これもブログで紹介済み。

 河村小百合『中央銀行は持ちこたえられるか ─忍び寄る「経済敗戦」の足音 』(集英社新書)。やはりこちらですでに紹介している。

 小黒一正『預金封鎖に備えよ ―マイナス金利の先にある危機』(朝日新聞社)。「あなたの預金が下ろせなくなる!ヘリマネ、財政ファイナンス、資産課税…元財務官僚が、最悪のシナリオを予測!「国家の収奪」に備える資産防衛法も解説」といった内容。ちょっと生々しかったので、これはブログには書かなかった。

 そしてこれが、今般読了したばかりの吉田繁治『財政破産からAI産業革命へ ―日本経済、これから10年のビッグ・シフト』(PHP研究所)。この本、一連の財政破綻本の中でも異彩を放っている。本書によれば、どんな形であれ、日本が数年以内に実質的な財政破綻に陥ることは不可避である。近いうちに日本がハードランディング型の財政破綻を起こす確率が70%、金融抑圧で日本経済が長期的に低迷する確率が30%であり、次世代にとって好ましいのは前者であると主張している点は、前掲の徳勝礼子『マイナス金利』と共通する。ただし、吉田氏は来たる日本の財政破綻も、人類の歴史上繰り返されてきた 8~10年に一度の調整の一つにすぎず、日本が被る打撃は第二次大戦による焼け野原のようなものではなく、せいぜいリーマンがもう一回来る程度のものだと主張している。当然円安にはなるが、140~150円くらいまでしか下がらないというのが吉田氏の見立てである。もう一つ、本書で特徴的なのは、日本が財政破綻した後、AI革命によって労働生産性が飛躍的に高まり、日本は人口が収縮しながらも再び経済成長軌道に乗り、それによって財政や社会保障の問題も将来的には解決するとしている点である。しかし、個人的には、本書の途中までのものすごく緻密な分析から一転して、AI革命によるプラスの効果についての展望は、かなり雑な印象を受けた。AIが飛躍的に発展を遂げて社会を一変させるというのはその通りかもしれないが、それがもたらす富の分配の問題を考慮すべきであり、よく言われるAIが多くの人々から仕事を奪うリスク、貧富の格差が加速度的に拡大するリスクなどについて、もっと透徹した考察が必要だろう。とまあ、最後のAIの部分については必ずしも納得が行かなかったが、それ以外については非常によく書かれており(ただし、既存のいくつかの文章を合体させて急いで出版したのか、繰り返しが多い)、日本財政がすでに「詰んでいる」ことを学べる格好の教材なので、お勧めしたい。

 さて、日本をはじめとする世界の主要国と、私の研究対象であるロシア・ウクライナ・ベラルーシにつき、政府の総債務の対GDP比を跡付けると、上の図表のようになる。日本の総債務は、直近ですでにGDPの250%を超えており、あのギリシャより大きいのはもちろん、世界の中でダントツに重い債務を抱えている。むろん、日本の場合は資産も大きいので純債務ベースで議論すべきだとか、日本は今のところ日本国内の貯蓄で財政赤字をファイナンスできているので心配無用といった議論もあるわけだが、ここでは単純に総債務額の対GDP比を取り上げている。

 ロシアは近年、政府債務の規模の問題が取り沙汰されることはほとんどなくなっており、2014年現在で対GDP比がわずか15.9%である。1998年に実質デフォルトに陥った後、2000年代に入って石油高で財政が潤い、政府債務の対GDP比は劇的に低下した。ロシア財政の場合は、政府債務の規模というよりは、石油・ガスに由来する収入への依存度が大きいこと、その結果歳入が年ごとに不安定なことが、問題の核心であろう。また、ロシア政府の債務は少なかったとしても、国営を含む大企業の借入が多いという問題も指摘できる。

 ウクライナも、デフォルト危機に直面した割には、政府債務の絶対額は、国際的に見てそれほど大きいわけではない。ウクライナの場合厄介なのは、政府債務がほぼ対外債務であること、債権者がヘッジファンドやロシア政府といった曲者揃いであること、政治・経済の混乱が広がったタイミングで為替が暴落したため、対外債務の支払負担が急増してしまったことだろう。

 ベラルーシの政府債務水準も、決して高いものではない。ベラルーシの場合むしろ問題は、国際的な孤立から、欧米の金融機関および国際金融機関からの借入ができず、経済発展のための資金を調達できなかった(結果的に債務もそれほど膨らんでいない)という点だろう。勢い、ロシア政府と、その息のかかったユーラシア安定基金くらいしか、頼るべき資金源がなくなる。

 このように、国ごとに抱えている問題は異なるものの、こと政府総債務の対GDP比という指標だけをとれば、日本の数字の悪さは世界でも突出しており、ロシアは特筆すべき低さである。ロシアは、実質デフォルトの前科こそあるものの、2000年以降のプーチン体制の下では、財務省や中央銀行の幹部は堅実なマクロエコノミストばかりであり、財政・金融政策はオーソドックスである。軍事費は聖域に近く、一見ばら撒きと思える政策も散見されるものの、全体としては財政の手綱が緩むことはない。1990年代にIMFに箸の上げ下げまで指図されたという苦い記憶が、良い薬になったのだろうか。それに対し、日本のように、なまじ「Japan as No.1」ともてはやされたり、バブル景気に酔った経験があると、「夢よもう一度」とばかりに、効果の怪しい矢やらバズーカやらを撃ち続けて、それが財政破綻を加速させると、そんなところだろうか。

 昨年来活発化している日ロ外交では、日本が経済力を武器としてロシアから領土問題での譲歩を迫るというのが、基本構図であろう。暗黙のうちに、日本がロシアよりも経済的に豊かであるということが前提となっている。しかし、4~5年後に日本がロシアに財政支援を仰ぐようなことになったとしても、私は驚かない。

(2017年2月20日)

地域研究の矜持

 このほど、名古屋大学出版会から、六鹿茂夫(編)『黒海地域の国際関係』が刊行された。私は、「第12章 輸送・商品・エネルギーの経済関係 ―ロシアとウクライナの角逐を中心に」を執筆している。よかったら、ぜひご参照いただければ幸いである。本書の構成を示しておくと、以下のとおり。

序 章(六鹿 茂夫)
  第Ⅰ部 黒海の地域性 —— 域内協力と域外関係
第1章 黒海国際関係の歴史的展開 —— 20世紀初頭まで(黛 秋津)
第2章 20世紀黒海地域の国際政治(六鹿 茂夫)
第3章 冷戦後の黒海国際政治(六鹿 茂夫)
第4章 黒海地域の経済協力と国際経済関係(上垣 彰)
  第Ⅱ部 域内国際関係
第5章 ロシアの政治変動と外交政策(横手 慎二)
第6章 トルコの政治変動と外交政策(間 寧)
第7章 ウクライナの政治変動と外交政策(末澤 恵美)
第8章 南コーカサスの政治変動と外交政策(廣瀬 陽子)
第9章 バルカンの政治変動と外交政策(月村 太郎)
  第Ⅲ部 黒海地域の主要課題
第10章 長期化する紛争と非承認国家問題(廣瀬 陽子)
第11章 宗教とトランスナショナリズム —— レニンゴル、沿ドニエストル、クリミアに共通するもの(松里 公孝)
第12章 輸送・商品・エネルギーの経済関係 —— ロシアとウクライナの角逐を中心に(服部 倫卓)
第13章 企業のトランスナショナリズム —— ロシアの天然ガスとウクライナ(安達 祐子)
終 章(上垣 彰)

 私の担当した第12章は、個人的な研究対象国であるロシアとウクライナを中心に、黒海海域における海運・港湾の役割と、それによって支えられるコモディティ輸出に着目し、その実相に迫ろうとしたものである。過去10年くらいの私のいくつかの研究テーマを総合した、一つの到達点だと理解していただければ幸いである。

 ところで、今回の研究プロジェクトにおいて、私は「経済面から黒海を語る」というお題をいただいたわけだが、黒海地域の経済を、どのような着眼点で分析し論じるべきかというのは、容易ならざる問題である。そもそも、黒海地域の範囲をどのように設定するかが、自明でない。確かに、黒海経済協力機構(BSEC)加盟諸国を対象とするという考え方はあるだろう。たとえば、私は2013年に東京で開催された「第4回日・黒海地域対話:日・黒海地域協力の発展に向けて」に出席する機会があったが、同会議においても、「BSEC諸国には、経済開発、汚職の克服など、様々な課題があるので、それに鋭意取り組んでいこう」とか、「日本はそれらの問題の解決に寄与できる」といった議論が交わされた。しかし、そうした課題に直面しているのは、何もBSEC諸国だけではなく、それに加盟していないベラルーシや中央アジア諸国といった近隣諸国も同様である。残念ながら、BSECという機構が、そうした課題の解決に多国間で取り組んで成果を挙げた実績はないし、今後そのような可能性が生じるとも考えにくい。そこで私は今回の論考で、黒海諸国=BSEC加盟国とする広義の定義はとらず、実際に黒海という海に接している国々を基本的に分析の対象に絞ることにした。

 ただし、このように議論を「実際に黒海に接している国」に限定したとしても、依然として焦点は絞り切れていない。黒海に面する国の中でも、ロシアは地理的に広大な国であり、極東のカムチャツカ半島あたりまで含めて、国全体を黒海沿岸国と呼んでしまっていいのだろうかという疑問を禁じえない。たとえば、ウクライナの内陸地域であるハルキウ州のメーカーが、ロシアのモスクワの取引先に機械を輸出するようなケースでは、黒海を通ってモノが動くわけではなく、黒海という地域性とは何のかかわりもない取引である。こうしたことから、本稿で私は、ロシアに関して可能な限り黒海という地域性にフォーカスする形で議論を試みた。

 国レベルというよりも、黒海沿岸地域に着目しようとすると、統計データが容易に得られず、分析作業にものすごく苦労する。今回私が試みた分析手法は我流であり、洗練されているとは言いがたいかもしれない。しかし、「経済面から黒海を語る」という課題に真摯に取り組み、この地域の実相を経済面からあぶり出そうともがき苦しんだ結果が、この論考である。地域研究者としての矜持を示したつもりだ。

(2017年1月20日)