「2012ユーロ/2018W杯の広場」

 2012年のウクライナにおけるユーロ(ポーランドと共催)、2018年のロシアにおけるW杯と、私の研究対象国で相次いで大きなサッカー大会が開催されます。そこでこのコーナーでは、両大会に向けた動き、関連した両国の国情など、私なりの角度から情報を発信していきたいと思います。(過去に別のコーナーやブログに書いたサッカー関連記事も、このコーナーにまとめておくことにします。)

(2011年1月)

 

(写真はウクライナ・ハルキウのメタリスト・スタジアム。ユーロ2012の会場の一つとなる。)

 

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No.0081:2011年12月31日:サッカー紀行7:ゴメリの死の上のスタジアム

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No.0080:2011年12月12日:2011年のロシア・プレミアリーグのベスト11

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No.0079:2011年11月26日:代表以上にベラルーシを代表するBATE

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No.0078:2011年11月23日:苦境に立ったCSKA

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No.0077:2011年11月19日:ウクライナとロシア、早くも舌戦

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No.0076:2011年11月13日:サッカー紀行6:キエフの新旧フットボール名所

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No.0075:2011年11月5日:シャフタール・ドネツィクとゼニト・サンクトペテルブルグの対決

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No.0074:2011年11月3日:ユーロに向けたウクライナのホテル整備状況

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No.0073:2011年11月3日:鉄道軍を切り盛りする鉄の女

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No.0072:2011年10月14日:ロシアW杯会場、最終的に11都市・12競技場に絞り込み

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No.0071:2011年10月9日:キエフのオリンピックスタジアムの完成式

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No.0070:2011年10月1日:サッカー紀行5:ヴォルスクラ・ポルタヴァ

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No.0069:2011年9月7日:9/6 それぞれの代表戦

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No.0068:2011年9月5日:ウズベキスタン・サッカーの暗部

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No.0067:2011年9月4日:9/2 それぞれの代表戦

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No.0066:2011年8月31日:アキンフェエフ負傷でCSKAとスパルタクに遺恨

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No.0065:2011年8月31日:ユーロ2012がウクライナにもたらす経済効果

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No.0064:2011年8月21日:タジキスタンのサッカーは大統領の息子が私物化?

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No.0063:2011年8月17日:ワルシャワ便り

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No.0062:2011年7月31日:ブラジルW杯の予選組み合わせ決定:ベラルーシ死の組に

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No.0061:2011年7月24日:南アW杯から早1年

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No.0060:2011年7月21日:リヴィウ・スタジアムの建設費さらに膨らむ

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No.0059:2011年7月19日:ロシア・ウクライナの女子サッカー事情

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No.0058:2011年7月13日:ウクライナ国民はビザなしでポーランドに入れるのか?

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No.0057:2011年7月11日:Jリーグの風景 ―甲斐戦記

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No.0056:2011年6月25日:ロシア・プレミアリーグのバナナ事件簿

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No.0055:2011年6月23日:漂流するロシア・サポーター

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No.0054:2011年6月21日:埼玉スタジアムへの道

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No.0053:2011年6月20日:サッカー紀行4:チョルノモーレツィ・オデッサ

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No.0052:2011年6月17日:ベラルーシはその場所にたどり着けるのか?

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No.0051:2011年6月14日:ロシア国民の半数は国内リーグをテレビ観戦せず

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No.0050:2011年6月12日:サッカー紀行3:ルビン・カザン

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No.0049:2011年6月5日:ロシア、パヴリュチェンコのハットでアルメニアを一蹴

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No.0048:2011年6月5日:日本平初見参

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No.0047:2011年5月26日:11年振りのJリーグ生観戦

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No.0046:2011年5月21日:BATEボリソフの月刊誌

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No.0045:2011年5月7日:スパルタク・モスクワの凋落

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No.0044:2011年5月6日:五輪とW杯は元がとれる?(ロシア世論調査)

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No.0043:2011年4月25日:ロシア・プレミアリーグは何が遅れているのか?

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No.0042:2011年4月23日:ヨーロッパリーグの悦楽

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No.0041:2011年4月3日:サッカー紀行2:ミンスク・ディナモスタジアム

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No.0040:2011年3月22日:イスタンブールで「黒海ダービー」を観戦

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No.0039:2011年3月5日:ハルキウ・パレスがユーロの本部に

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No.0038:2011年3月3日:サッカー紀行1:リヴィウとカルパティ

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No.0037:2011年2月19日:2018W杯開催地、早くも3都市が脱落か

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No.0036:2011年2月19日:ガスプロム・アリーナの建設費が膨らんで

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No.0035:2011年2月11日:ベラルーシ・リーグも一応チェック

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No.0034:2011年2月5日:スルキス続投でひとまず決着

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No.0033:2011年1月30日:ウクライナ・サッカー協会で内紛

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No.0032:2011年1月29日:ウクライナ・プレミアリーグのおさらい

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No.0031:2011年1月26日:プーチンとブラッターの会談

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No.0030:2011年1月25日:ポーランドのユーロ2012準備状況

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No.0029:2011年1月23日:ブラッター会長、「ロシアは2014年にも優勝をめざすべき」

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No.0028:2011年1月18日:ユーロ2012準備作業の中間決算とこれから

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No.0027:2011年1月16日:2010年のウクライナ代表

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No.0026:2011年1月6日:スカパー!欧州サッカーセレクション

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No.0025:2011年1月2日:ロシア・プレミアリーグに忍び寄る経営危機

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No.0024:2010年12月26日:2018ロシアW杯に関するレポート

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No.0023:2010年12月17日:ハルキウの富豪O.ヤロスラウシキー

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No.0022:2010年12月13日:W杯に向けたロシアのインフラ整備コスト

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No.0021:2010年12月10日:ロシアW杯の会場に関する追伸

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No.0020:2010年12月6日:2018年ロシアW杯、とりあえず開催都市についての雑感

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No.0019:2010年11月28日:サマラのクルィリヤ・ソヴェトフ

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No.0018:2010年11月27日:スポーツの街、カザン

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No.0017:2010年11月12日:ロシアのスポーツ新聞

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No.0016:2010年11月11日:嘆かわしい話

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No.0015:2010年10月23日:モルドバ・サッカー界に君臨するFCシェリフ

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No.0014:2010年10月19日:チェチェン・グロズヌィでのフットボール

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No.0013:2010年9月23日:なぜにバシネフチがCSKAモスクワを支援?

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No.0012:2010年9月20日:コレスニコフ、ユーロ2012の準備状況を語る

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No.0011:2010年8月26日:トム・トムスク?

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No.0010:2010年8月15日:サトゥルン?

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No.0009:2010年7月21日:ロシア紙のインタビューに応じた本田圭佑

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No.0008:2010年7月18日:南アとウクライナのスタジアム建設費比較

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No.0007:2010年7月16日:アムカルとは?

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No.0006:2010年4月30日:スカパー!でロシアリーグ

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No.0005:2010年4月11日:ガスプロムとペテルブルグのかかわり

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No.0004:2008年12月19日:間に合うのか、ユーロ2012決勝戦会場?

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No.0003:2008年6月22日:アルシャヴィンと黒川紀章を結ぶ線

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No.0002:2008年1月30日:シャフタール・スタジアム、鋭意建設中

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No.0001:2007年7月10日:BSの番組でベラルーシのサッカー事情を特集

 


サッカー紀行7:ゴメリの死の上のスタジアム

No.0081 2011年12月31日

 このコーナーではすっかり恒例となった、ロシア・ウクライナ・ベラルーシ地域に出張に行って、サッカーの試合は観れないけど、スタジアムの前だけ通り過ぎて写真を撮ってきましたというシリーズ。今回は、11月に出かけたベラルーシのゴメリでスタジアムを見てきたという話。

 それにしても、かつてのソ連という国は、第二次大戦の独ソ戦の痛みを生々しく引きずった国だった。ベラルーシは特にそうであり、日本で言えば沖縄のような感じで、国の至る所に戦争の痛々しい傷跡が残っている。たとえば、私がミンスクで大使館員として働いた時の行動圏だけで考えても、自宅前の「自由広場」は往時にはナチスドイツが地元民を公開絞首刑に処した場所であり、大使公邸があったドラズディ村はかつてのユダヤ人強制収容所で、大使館からほど近い場所にはユダヤ人を大量に埋めた穴があった、という具合である。

 閑話休題。今回は、ゴメリ市の中心部にあるスタジアム「ツェントラーリヌィ(中央)」の、外観だけ眺めてきた。FCゴメリの本拠地であり、収容人数は14,307人ということだ。なお、FCゴメリは、2011年シーズンのベラルーシ1部リーグで過去最高の3位の成績を収めたので、ひょっとしたら来シーズンのUEFAヨーロッパリーグに出てくるかもしれない。

 さて、ツェントラーリヌィ・スタジアムの周りの雰囲気が、一風変わっていた。まず、スタジアム前の広場に、戦車が飾られている。ゴメリ市は、ベラルーシの一連の州都としては最も早く、19431126日にナチスドイツの占領から解放されており、これはその栄誉を称えた記念碑であると書かれている(この場所と戦車とは直接の関係はないようだ)。ちなみに、ベラルーシの各都市にとって、自分たちの街がナチスから解放された日というのは、最重要な記念日となっている。

 そして、さらに広場を取り囲む壁に目をやると、何やらヒトを十字架状に配した記念碑と、碑文が掲げられていた。読んでみると、「この場所には、ナチスドイツのゴメリ占領期に、捕虜収容所が置かれていた。そこでヒトラーの執行人たちは、10万人以上のソビエト市民を抹殺した」と書かれている。

 サッカーは熱狂のあまりサポーターが暴力沙汰を起こしたりすることもあり、そういう負の側面ゆえにサッカーというものにあまり良いイメージを持っておられない方もいるかもしれない。国と国との対立、地域と地域の対立を煽るものだという、否定的な評価もありうるだろう。しかし、私は逆に、人間が本来的に持っている闘争心、他者への敵愾心といったものを、上手く局所化・箱庭化したものがサッカーだと考えている。陳腐なことを言うようだが、10万人以上が命を落としたというかつての捕虜収容所の場所で、現在はサッカーの試合が行われているというゴメリのスタジアムを見て、平和の尊さを改めて噛み締めた。

スタジアムの外観。

 

一足違いで、ちょうどシーズンオフに入ったところだった。

 

広場の戦車越しに見るスタジアム。

 

ナチスに殺戮された犠牲者を悼む記念碑。

 

 


2011年のロシア・プレミアリーグのベスト11

No.0080 2011年12月12日

 20121212日付の『ソヴィエツキー・スポルト』紙に、2011年のロシア・プレミアリーグのベスト11という記事が載っている。執筆は同紙のサッカー解説委員Ye.ロフチェフ氏(ロフチョフかな?)。周知のように、ロシア・プレミアの現シーズンは、秋春制への移行の過渡期として、2011年春から2012年春までという変則的な形となっている。その意味ではベスト11を選ぶのにも中途半端なタイミングではあるのだが、同紙では年末にこの企画をやるのが恒例になっているので、今年もやったらしい。

 各ポジションにつき、ベスト・プレーヤーと、2位・3位の選手が示されており、計33人が登場する。ベスト11は、以下のとおり。

GKV.マラフェエフ(ゼニト)

CBT.グボチャン(ゼニト)

CBN.ロンベルツ(ゼニト)

SBA.アニュコフ(ゼニト)

SBD.クリシト(ゼニト)

ボランチ:I.デニソフ(ゼニト)

MFA.サメドフ(ディナモ・モスクワ)

MFYu.ジルコフ(アンジ)

トップ下:A.ヴォロニン(ディナモ・モスクワ)

FWS.ドゥンビア(CSKAモスクワ)

FWS.エトー(アンジ)

 なお、私は、これらの選手の正確なポジションを必ずしも知らず、新聞に掲載された図から推測して書いている。とくに、ディナモの試合というのは、全然観る機会がないので。不正確なところがあったらご容赦を。

 まあ、1人の専門家の評価だから、どこまで客観的なものかは、分からないけど。いずれにせよ、これを眺めて、一目瞭然なのは、首位をキープしてウィンターブレークを迎えたゼニトの選手についての評価が、きわめて高いということ。何と、ボランチから後ろは、全部ゼニト勢である。このほか、ゼニトのプレーヤーは、M.ダニ、R.シロコフ、A.ケルジャコフが各ポジションの2位に選ばれている。

 それに比べ、影が薄いのは、CSKA。ベスト11はドゥンビアだけで、あとはGKI.アキンフェエフと左SBS.イグナシェヴィチが次点に挙がっただけ。V.ラヴの名前はないし、怪我の離脱が響いたのか本田も登場しない。リーグ2位にしては、寂しい。

 まあ、誰がどう見ても、現状で組織的で良いサッカーをやっているのは、CSKAよりもゼニトの方。本田がいない時のCSKAは、攻める時は「前の2人、いってらっしゃい」って感じだし。当然、選手を評価するにも、良いサッカーをやっているチームの方が高くなりがちということだろう。


代表以上にベラルーシを代表するBATE

No.0079 2011年11月26日

 ベラルーシのBATEボリソフが、今季のUEFAチャンピオンズリーグ本戦に出場している。グループステージで、バルセロナ、ACミランという世界的なビッグクラブと相まみえることになった。ミンスクで開催されたBATEの対バルサ戦およびミラン戦を日本でテレビ観戦して、個人的に驚いたのは、約4万人収容のディナモ・スタジアムが満杯になり、熱気で満ち溢れていたことである。むろん、CLであり、バルサやミラン相手なら、盛り上がるのも道理ではある。しかし、今年行われたユーロ2012の予選で、ベラルーシ代表がディナモ・スタジアムで戦った時には、観客席はガラガラだった。代表のユーロ予選が閑散としていて、1クラブの(しかも首都ミンスクではなく地方のクラブの)試合が満員御礼というのは、一体どういうことだろうか。BATEの試合で、観客席を埋め尽くしているのは、どういう人々なのだろうか。今回、出張でミンスクに来たので、そのあたりの疑問を、地元の人にぶつけてみた。

 その結果判明したのは、以下のようなことだった。すなわち、BATECLの試合が満員になったのは、やはりバルサやミラン観たさという部分が大きかったらしい。スタジアムに詰めかけたのは、ボリソフ市の市民やBATEのコアなサポだけではなく(おそらくそういう人々は多くて5,000人程度であろう)、ベラルーシ全土から駆け付けたサッカーファンだった、ということである。それのみならず、ロシアや、遠くはカザフスタンあたりから、バルサのユニフォームを着てミンスクに駆け付けた人々もいたそうだ。つまり、ベラルーシ全土、ひいては旧ソ連圏のサッカーファンにとって、今回のバルサ戦やミラン戦は、世界の超一流クラブのプレーを手軽に観戦できる、格好の機会だったということらしいのだ。ただ、本音ではバルサやミランが目当てであっても、観客席に着けばBATEの応援グッズが置いてあるし、やはり地元チームへの身びいきもあって、満員のスタジアムがBATEを熱烈に応援する雰囲気になったと、まあそんなところだったようだ。そんなこんなで、現状ではベラルーシ代表がほとんど求心力を発揮できていないのに対し、1クラブにすぎないBATEがベラルーシ全土を巻き込むサッカー熱を生み出しているのである。私見によれば、これには「地域間の対立が少ない」というベラルーシの特質も作用しているのではないか。

 ただ、そんなBATEボリソフだが、あろうことか1123日のホームでのヴィクトリア・ピルゼン戦に敗れてしまい、CLの決勝Tはおろか、ヨーロッパリーグに残るのに必要なグループ3位確保も絶望的になった(最終戦に勝てばいいのではあるが、残っているのはアウェーのバルサ戦である)。


苦境に立ったCSKA

No.0078 2011年11月23日

 11月22日のチャンピオンズリーグの試合、CSKAモスクワVSリール戦について報じる『ソヴィエツキー・スポルト』紙。

 モスクワが0対2で敗れ、これで決勝トーナメントに進出できる2位はおろか、ヨーロッパリーグに残るのに必要な3位確保にも黄色信号が灯った。

 新聞の論評ぶりは、かなり辛辣。普通、日本ではオウンゴールを冒した選手のことにはなるべく触れないものだが。この新聞ではリールに先制点を許したベレズツキーのオウンゴールのことを、皮肉たっぷりに語っている。

 期待の本田は、手術した膝が悪化したとかで、治療のためにスペインに旅立ってしまった。


ウクライナとロシア、早くも舌戦

No.0077 2011年11月19日

 ユーロ2012の予選プレーオフも終わり、これで出場国がすべて決定した。私個人としてはベラルーシの出場(ひいては東スラヴ3兄弟の揃い踏み)が念願だったが、ベラルーシを退けてプレーオフに進んだボスニア・ヘルツェゴビナがポルトガルにボロ敗けしたのを知り、仮にベラルーシがプレーオフに出ても恥をさらすのが関の山だったかな、なんて思ってしまった。今回のユーロは、強豪国が順当に出場を決め、番狂わせが少なかった印象を受けている。強いて言えば、トルコが出場を逃したのが目立つ程度か。

 本大会の組み合わせ抽選会は、12月2日に行われるという。ポット分けは以下のとおりとなっている。

ポット1:ポーランド、ウクライナ、スペイン、オランダ

ポット2:ドイツ、イタリア、イングランド、ロシア

ポット3:クロアチア、ギリシャ、ポルトガル、スウェーデン

ポット4:デンマーク、フランス、チェコ、アイルランド

 出場国の顔ぶれが固まり、ポット分けもされたことで、各国は大会のイメージを膨らませているところであろう。インターファクス・ウクライナのこちらの記事では、ウクライナとロシアの選手が両国の対決を望んでいるということを伝えている。

 これによれば、ディナモ・モスクワに所属するウクライナ代表チームのFWアンドリー・ヴォロニンは、ポット2で最も望ましい対戦相手はロシアであろうと発言した。ヴォロニンは、「ロシアとやれたらいい。両国の対戦はしばらく実現していないので、そろそろやりたい。観客席の良い意味での敵対性は、あくまでも良い意味でのそれだが、試合を盛り上げる。しかも、正直に言えば、ポット2で最もくみしやすいのはロシアだろう」と述べた。

 一方、ゼニト・サンクトペテルブルグ所属で、ロシア代表GKのヴャチェスラフ・マラフェエフは、「ポット1ではウクライナかポーランドと、ポット3ではギリシャかスウェーデンと当たったらいい。ポット4となると、選択肢はもっと広く、デンマーク、チェコ、アイルランドならどこでもいい」とコメントした。

 やはりゼニトに属するロシア代表MFのコンスタンチン・ズィリャノフは、ロシアはユーロで優勝を目指しているとして、以下のように述べた。「ポット1ではスペインと当たりたい。ポット3ではポルトガルと、ポット4ではフランスと当たりたい。これは真面目な話だ。優勝候補のライバルを、グループステージの時点で退けてしまいたいんだ。我々はユーロに出るだけじゃなく、チャンピオンになりたいんだ。」


サッカー紀行6:キエフの新旧フットボール名所

No.0076 2011年11月13日

 この「サッカー紀行」のシリーズは、サッカーそのものというよりも、それぞれの土地やスタジアムにまつわる談義をお伝えしている。今回もそうで、ただ単に、先日ウクライナに出張した際に、キエフのスタジアムの前を素通りしてきましたという話。まあ、ロシア・ウクライナ圏の場合には、だいたい街の真ん中にスタジアムがあるので(モスクワは別だが)、普通に街中を移動しているだけでスタジアムの様子を眺めることができ、有難い。

 さて、No.0071の記事でお伝えしたように、ユーロ2012の中心会場となり、決勝戦も行われるオリンピックスタジアムが、このほど一応の完成を見た。そこで、完成なったスタジアムの外観だけ、眺めてきた。ただ、私が訪れた10月中旬の時点では、すでにオープニングセレモニーは済んでいたものの、実際にはまだ詰めの工事が行われていた。塀の外から眺めただけだが、スタジアムはさすがに立派な出来栄えのようだった。

 ちなみに、今回私が宿泊したのは、ルーシ・ホテルというところだった。このホテルはオリンピックスタジアムから至近であり、ホテルの非常階段の窓から、スタジアムをばっちりと拝むことができた(写真参照)。スタジアム自体のビューポイントとしては、お奨めかもしれない。ただし、スタジアムは観客席が屋根でしっかりと覆われているので、この非常階段からタダで試合を観るというのは無理。

 なお、私がこのスタジアムの様子を眺めに行った際に、近くのチケット売り場(必ずしもオリンピックスタジアム専用の売り場ではなく、様々な興業のチケットを売っている)で、ウクライナ代表VSドイツ代表の親善試合のチケットが売り出されており、かなりのファンが並んでいた。そして、11月11日にこの試合が開催され、これが新装なったスタジアムのこけら落としとなったようだ。結果は3対3の引き分けだった。

 このオリンピックスタジアムが、キエフの新フットボール名所だとしたら、旧名所は何と言ってもディナモ・キエフの本拠地であるロバノウシキー記念ディナモ・スタジアムであろう。ディナモ・スタジアムは、日本大使館の目と鼻の先にあり、私はキエフ出張のたびに前を通り過ぎるものの、なぜかスタジアムそのものは見たことがなかった。これではいかんと思い、今回の出張の際に初めて、ディナモ運動公園の敷地の中に入ってみた。ただし、スタジアムのエリアは塀で囲まれていたので、遠くから写真を撮っただけで帰ってきた。ディナモ・スタジアムは、手狭で収容人数は少ないし、老朽化もしているはずだし、サッカー専用ではないしで、決してヨーロッパの名門クラブにふさわしい施設とは言えないが、全体的な佇まいには味わいがあり、私などはかえって好ましく思ってしまう。

 ディナモ・キエフの近況に関して言えば、今季も国内リーグではシャフタール・ドネツィクと熾烈な首位争いを展開中。ヨーロッパレベルでは、チャンピオンズリーグ出場を逃し、ヨーロッパリーグを戦っているが、グループEで3位と、やや苦戦中。No.0040の記事で昨季のヨーロッパリーグにおけるディナモ・キエフとトルコのベシクタシュの戦いについて語ったが、何と今季のヨーロッパリーグでベシクタシュと同組になって、再び相まみえることになった。スカパー!でそのホーム・アウェーの2試合を放映していたので観てみたところ、キエフはホームでは何とか勝利したものの、アウェーでは敗戦、昨季とはかなり対照的な対戦結果になってしまった。キエフは、相変わらず球回しはすごいものの、シェフチェンコのコンディションが上がらないこともあり、仕上げの部分の迫力がなく、得点力不足に苦しんでいるようだ。

 いずれにせよ、このところロシア・ウクライナ・ベラルーシの様々なチームの戦いをテレビなどで眺めていて、やはり私はディナモ・キエフのサッカーが最も好みである。自分にとっての絶対的な応援対象は清水エスパルスだが、第2の「我がチーム」ができたような気がしている。私はこれまでキエフでサッカーを生観戦したことは一度もないが、いつの日か実現してみたいものである。

これがユーロの決勝会場となるオリンピックスタジアム。まだ仕上げの工事をしていた。

 

ルーシ・ホテルの非常階段から見るスタジアム。

 

ウクライナ・ドイツ戦のチケットを求めて並ぶ人々。隣のホワイトスネークというのが、少し笑う。旧ソ連では、過去を埋め合わせるように、こういう懐かしの歌手やバンドなどのコンサートが盛ん。

 

ロバノウシキー記念ディナモ・スタジアムの入口ゲート。

 

サッカーボールのモニュメント越しに眺めるスタジアム。

 

スタジアムに併設されたディナモのファン・ショップ。

 

 

 


シャフタール・ドネツィクとゼニト・サンクトペテルブルグの対決

No.0075 2011年11月 5日

 ヨーロッパのカップ戦(チャンピオンズリーグおよびヨーロッパリーグ)のグループステージがたけなわである。一応、私も旧ソ連圏のチームの試合を中心に、テレビ観戦を楽しんでいる。本当だったら、もっと色々コメントしたいことがあるのだが(BATEボリソフ引きすぎだろ、とか。笑)、なかなか時間的な余裕がない。だが、シャフタール・ドネツィクとゼニト・サンクトペテルブルグの対決は、私の本業であるロシア・ウクライナの政治経済問題とも密接にかかわっているので、ここで簡単に取り上げてみたい。

  確認までに申し上げれば、UEFAチャンピオンズリーグ2011/12シーズンのグループステージにおいて、ウクライナリーグの王者であるシャフタール・ドネツィクと、ロシアリーグの王者であるゼニト・サンクトペテルブルグが、同組になった。そして両者は、10月19日にはドネツィクで、11月1日にはサンクトペテルブルグで相まみえたわけである。私は10月19日にはモスクワにいたのでNTVによる生中継をホテルで観戦し、11月1日の試合は日本でスカパー!でチェックした。

 これはブログに書いたことの繰り返しになるが、 とにかく10月19日のドネツィクでの初戦は、ものすごい雰囲気だった。 最近観たサッカーの試合のなかでは、最も緊張感みなぎるものだったかもしれない。 両チームともCLのグループステージ突破を楽観できない状況であり、私としてはどちらにも勝ってほしく、どちらを応援したものか、迷った。しかし、試合が始まってみると、自然とゼニトの方にシンパシーが傾いた。前線のブラジル人の個人技でしかチャンスが作れないシャフタールに対し、チームとして有機的に機能していたのは、明らかにゼニトだったからである。ゼニトは、ケルジャコフの欠場を感じさせないほど、数多くの決定的チャンスを作った。ただ、シャフタールのGKルィプカが超人的セーブを連発。きわめて中身の濃い90分は、2対2の引き分けに終わった。

 さて、私の関心から言うと、10月18日にドネツィクでヤヌコーヴィチ・ウクライナ大統領とメドヴェージェフ・ロシア大統領の首脳会談があり、その翌日に同じ地で両者の出身地であるドネツィク州とペテルブルグ市のサッカーチームが激突するというのが、何とも興味深かった。さらに言えば、シャフタールのスポンサーはR.アフメトフ氏率いるシステム・キャピタル・マネジメント(SCM)財閥、ゼニトのスポンサーはガスプロムであり、両国の最大企業がバックについているのも見逃せない。SCMはヤヌコーヴィチ大統領の地域党の資金源であり、一方メドヴェージェフはかつてガスプロムの会長も務めた人物である。このように、シャフタールVSゼニトの対戦は、完全にウクライナとロシアの現支配体制による代理戦争の様相を呈していたわけだ。上の図は、その対決図式をまとめたものである(先日、静岡県立大学で発表を行った際に作成したスライド)。

 ところで、10月18日にウクライナ・ロシアの首脳会談がドネツィクであるというのを聞いた時、私などは、サッカーの試合に合わせて首脳会談の日程を組んだのかなと思ってしまった。しかし、実際には、メドヴェージェフはこの大一番を前に、帰国してしまったようだ。11月1日の試合を放送したスカパー!のアナが、「前回の試合にメドヴェージェフ大統領が駆けつけていた」とコメントしていたが、それは誤りのはずである。確かに、試合直前まで、「両大統領はシャフタールVSゼニト戦をスタジアムで観戦する」と伝えられていたが、こちらの記事にあるとおり、実際にはメドヴェージェフはロシアに帰ってしまった。こちらのサイトによれば、メドヴェージェフは19日の宵にはモスクワ郊外で支持者との会合に参加していた由であり、当然のことながらドンバス・アリーナに駆け付けるのは不可能である。

 ティモシェンコ事件でヤヌコーヴィチ政権が窮地に立たされたため、ロシアとしては現在ウクライナを取り込もうと躍起になっているところであり、10月18日の首脳会談も緊迫感があるものだったはずだ。その翌日、両大統領が仲よく揃ってサッカー観戦をする雰囲気ではなかったのかもしれない。サッカーの試合は2対2だったが、首脳会談では果たしてどちらに軍配が上がったのか?

 そして、2週間後の11月1日に、今度はサンクトペテルブルグでリターンマッチが行われた。グループ最下位に沈むシャフタールとしては、アウェーとはいえ序盤からアグレッシブに攻め立てたいところだったが、消極的な戦いに終始し、ほとんどシュートすら打てなかった。この試合でもGKルィプカの活躍で、最初の45分間は何とか失点を免れていたが、前半ロスタイムにコーナーキックからゼニトに先制を許すと、もうシャフタールには反撃する力は残っていなかった。1対0でホームのゼニトが勝利。

 注目すべきことに、この試合では実際にメドヴェージェフ大統領が観戦に訪れていた。写真の中央がメドヴェージェフ大統領であり、右の女性はたぶんスヴェトラーナ夫人、左の男性はガスプロムのミレル社長であろう(3人ともペテルブルグ出身)。この日、大統領は午前中までシベリアのアルタイ地方におり、夜にはペテルブルグのサッカーの試合に駆け付けたということで、広い国の大統領はなかなか大変である。ただ、テレビカメラが大統領を捉え、また場内で「メドヴェージェフ大統領がご観戦」とアナウンスが流れたのは試合の終わりの方だったので、大統領は遅れて試合に駆け付けたのかもしれない。悲しいかな、「プーチン首相がご観戦」とアナウンスされた際に想像される観客のリアクションよりも、熱狂が薄いように感じられた。

 何だか、サッカーの話なのか、政治の話なのか、よく分からなくなってきてしまったが。ただ、チャンピオンズリーグにおけるシャフタール・ドネツィクの不振と軌を一にするように、ヤヌコーヴィチ政権が窮地に立たされていることは、紛れもない事実である。

 私のもう一つの注目点は、ウクライナ・ロシア国民全般は、この対決にどのような態度を示しただろうかということ。両国民は、シャフタールまたはゼニトを、自分たちの国の代表として、応援しただろうか? 私が想像するところ、ウクライナ国民でシャフタールを熱心に応援する向きは、ドンバス地方の住民に限られるのではないかと思う。地域対立が激しい同国のこと、キエフ市民や、西部の住民は、むしろ「シャフタール負けちまえ」という気分ではなかろうか。ただ、さすがに相手がロシアだと、ロシアとドンバスのどちらが憎いかというのは、究極の選択かもしれない。一方、ロシア国民の側は、サンクトペテルブルグ市民以外でも、ゼニトを国の代表として素直に応援するムードが主流ではないかと思う。ウクライナほど明確な地域対立はないし、やはりゼニトは大統領および首相のご贔屓チームで、なおかつガスプロムのチームなので。ただし、モスクワ各クラブのサポなどには、当然「地獄に堕ちろゼニト」という感情があるものと思われる。


ユーロに向けたウクライナのホテル整備状況

No.0074 2011年11月3日

 先日ウクライナに出張した際に購入した現地紙『ジェラヴァーヤ・スタリーツァ』2011年10月10日号(No.41)に、ユーロ2012に向けたウクライナのホテル整備状況に関する記事が掲載されていた。残念ながら記事をじっくりと読んでいる暇がないので、掲載されていた図だけ紹介する。

 開催4都市におけるホテルの準備状況は、9月20日現在で下図のとおりということである。各都市につき、上段がUEFAが必要としている部屋数、下段が実際に存在する部屋数、ということらしい。図を見ると、一見足りているように見えるが、上段と下段で縮尺が異なるので、ご注意いただきたい。

 ウクライナの4都市合計で、UEFAが必要だとしているのが15,655部屋であるのに対し、実際に存在しているのは12,639部屋にとどまっている。しかも、すでに整っている部屋は青い色の三ツ星ホテルが多い。三ツ星というと高級に聞こえるが、要は安宿ということであろう。一方、赤色の五ツ星(高級)や緑色の四ツ星ホテル(中級)が、圧倒的に足りないということのようである。

 


鉄道軍を切り盛りする鉄の女

No.0073 2011年11月3日

 先日、スカパー!でロシア・プレミアリーグのスパルタク・モスクワVSロコモティヴ・モスクワ戦を放映していた。スカパー!のロシア・リーグ中継は、本田の所属するCSKAの試合がほとんどなので、CSKAとは関係ない、しかもモスクワダービーということで、興味深くテレビ観戦した。

 結果は3対0でスパルタクが圧勝。スパルタクの試合は久し振りに観たけど、現時点の順位は5位とやや振るわないものの、チーム力はかなり上がっていると見た。一方、ロコモティヴはスロースターター振りが災いし、前半の早い時間帯に2失点を喫すると、ほとんど見せ場も作れず、後半にはスパルタクのFWエメニケにハットトリックとなる3点目を決められ、万事休す。

 ところで、放送では、ルジニキ・スタジアムの貴賓席の様子が何度か映されていた。そこには、女性が座っており、ロコモティヴの敗戦が濃厚となった時点で、その女性は席を立った。あまり鮮明ではなかったので確たることは言えないが、あれはロコモティヴ・モスクワのオリガ・スモロツカヤ球団社長であろう。私は、「ロシアでは女性の社会進出は盛んであるものの、男女の役割分担に関してはかなり明確な不文律がある」という持論を持っている。その観点からすると、言うまでもなくサッカーは男性の仕事であり(選手はもちろん経営も)、スモロツカヤ社長の存在はロシア・サッカー界で異彩を放っている。そのあたりの物珍しさもあって、カメラが何度か彼女を抜いていたのではないかと思うのだ。

 オリガ・スモロツカヤ。1956年生まれで、実はベラルーシのゴメリ州出身である。5歳の時に家族とともにモスクワに移り住み、学業・スポーツ(スキー)とも優秀な少女だったらしい。大学卒業後、ソ連政府に就職したが、1991年8月に保守派クーデターが起きた際には、自由化の急先鋒だったエリツィン氏らが根城としていたロシア共和国政府庁舎を守るために馳せ参じたという武勇伝もあるそうだ。新生ロシアの時代になって、モスクワ市行政府や商業銀行などで幹部職員として働いた。2002年に国防省傘下のCSKAのスポーツ施設を管理する仕事に移り、そこで初めてスポーツのマネジメントにかかわったようだ。そして、ロコモティヴ・モスクワのスポンサーであるロシア鉄道のヤクーニン社長に招かれ、2010年7月に同球団社長に就任した。

 スモロツカヤ社長は、「サッチャー英元首相のような鉄の女」と称されている。社長に就任すると、公約に反して、幹部の大量解雇に踏み切った。また、現場にもかなり口を出した挙句、名将ユーリー・ショーミン監督を解任してしまった(ショーミン氏はディナモ・キエフ監督に)。選手の間に戸惑いが広がり、サポーターのなかには「ババアが船頭ではろくなことがない」とする横断幕を掲げる向きもあった。「危機管理経営者」と位置付けられているスモロツカヤ社長だが、果たして鉄の女は鉄道軍をどこに導くのか。

 

 


ロシアW杯会場、最終的に11都市・12競技場に絞り込み

No.0072 2011年10月14日

 1012日付の『ソヴィエツキー・スポルト』紙によると、2018FIFAワールドカップ・ロシア大会の会場は、最終的に11都市・12スタジアムに絞られることになるという。記事の概要は以下のとおり。

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 このほどモスクワで、ロシア2018の組織委員会の第1回会合が開催された。その結果、W杯の会場を11都市・12スタジアムに絞り込むというFIFAとロシア当局の共同決定が発表された。会場は、201210月に最終的に決定される。

 ロシアは当初は、13都市・16スタジアムでの開催を計画していた。具体的には、モスクワ(ルジニキ、スパルタク、ディナモ、モスクワ州のスタジアム)、サンクトペテルブルグ、カリーニングラード、ヤロスラヴリ、カザン、ニジニノヴゴロド、サマラ、ヴォルゴグラード、サランスク、ソチ、ロストフナドヌー、クラスノダル、エカテリンブルグである。しかし、このうち、モスクワ州のスタジアムが、W杯終了後の稼働困難が予想されたために脱落し、13都市・15スタジアムが候補として残っていた。今回、それを11都市・12スタジアムに絞り込むことが決まったわけである。

 FIFA16スタジアムでは多すぎるとしていたので、会場数の削減自体は予想された。しかし今回、モスクワ市の3会場のうち、1つが削除されることが明らかになり、驚きをもって受け止められている。むろん、決勝戦が行われるルジニキが外されるわけはないので、必然的に、スパルタクかディナモのどちらかが削減対象となるわけだ。

 スパルタク・スタジアムは、トゥシノ地区に2014年にオープンし、43,000人を収容。ディナモ・スタジアムは、地下鉄のディナモ駅の近くに2016年に完成し、45,000人収容の予定である。現在のところ、W杯会場としては、スパルタクの方が先に完成するので、有力と思われる。ただ、ロシア側の責任者であるムトコ氏は、チャンスは平等であると述べている。どちらが早く完成するかよりも、FIFA基準を満たすことが重要であり、またホテルや空港からのアクセスなども考慮されるという。

 モスクワのスタジアムが1箇所削減されることに加え、地方都市が2箇所脱落することになる。それも、1年後には決定する。選考過程はすでにスタートしており、昨日立候補都市の代表者を集めてセミナーが開かれたし、今後はFIFAによる各都市の現地調査も行われる。

 ムトコ氏は、スタジアムの建設計画につき、次のように語った。ソチ、カザン、サンクトペテルブルグ、モスクではすでに建設が始まっている。年末までには特別な政府決定が採択され、2012年の7つのスタジアムの建設に関する指針が示される。具体的には、クラスノダル、ロストフ、ニジニノヴゴロド、エカテリンブルグ(同地ではすでにスタジアムは存在するが、改修を完成させる必要がある)、サマラ、カリーニングラード、ヤロスラヴリである。ロシア政府は2012年に、スタジアム建設の共同出資分として10億ルーブルを拠出する。これはあくまでも共同出資であり、国は約30%を負担し、さらに30%を地域(州レベル)が負担、残りは地域の行政府が投資を募ることになる。たとえば、クラスノダルでは、大会終了後にスタジアムを使用することになっているFCクバンのオーナーが、出資に応じている。

 スタジアムの建設費は、しばしばマスコミで論議の的となっているが、ムトコはルジニキの改修工事費用が400億ルーブルにも上るといった噂を真っ向から否定した。ムトコによれば、そんな大金を使うくらいだったら、ルジニキを廃棄し、その場所にウェンブリースタジアムを一から建てた方が安上がりだという(300億ルーブル程度で済むはず)。各地域はすでに政府に建設見積もりを出しており、そのなかには法外なものもあるが、地域側との協議を進めているので、2012年には各スタジアムの建設計画を正式に策定したい。1スタジアム当たりの建設費は80億〜90億ルーブル、1座席当たりでは4,0005,000ユーロと見積もられる、という。


キエフのオリンピックスタジアムの完成

No.0071 2011年10月9日

 ユーロ2012のウクライナにおけるメイン会場となるキエフのオリンピックスタジアム。長らく改修工事が実施されてきたが、このほどようやく完成したようだ。10月8日、ヤヌコーヴィチ大統領も参加して、スタジアムのオープニングセレモニーが行われた(写真参照)。

 こちらの記事によれば、スタジアムは70,050人収容(ユーロ時には68,055人)。この会場では、一次リーグD組のウクライナの3試合(6月11日、15日、19日)、と、D組1位とC組2位による準々決勝、そして決勝戦の、計5試合が行われる(もしもウクライナ代表がD組1位で決勝まで勝ち進めば、6試合のうちの5試合をこの会場で戦うことになるということのようだ)。

 なお、こちらの記事によれば、ユーロ2012担当のコレスニコフ副首相が、オリンピックスタジアムの建設費につき、概略以下のようにコメントしている。すなわち、同スタジアムの建設には、5.6億〜5.85億ドルを要した。東側観客席、ホスピタリティ・ゾーン、スタジアムに向かう通路が完成した時点で(逆に言えば、これらはまだ完成していないということか?)、最終的な金額が明らかになる。7万人収容のスタジアムなので、1座席あたり8,000ドルということであり、普通の額だ。前政権は同スタジアムの建設に12億グリブナ、すなわち1.5億ドルの支出を計画し、その一方で屋根および外装を1億ドルで発注するなど、計画はなきに等しかった。ワルシャワのスタジアムは5.5万人収容で、7億ドル、当時のレートで5億ユーロで建設しようとしたのだが、すでに6億ユーロを使っているのに、まだ完成しておらず、おそらく春になるだろう。ドンバス・アリーナも、最初は2.5億ドルで建てようとしたが、4.19億ドルかかった。ドンバス・アリーナはサッカー専用スタジアムなので、(キエフおよびリヴィウの)国営の陸上競技場を兼ねたスタジアムとは単純な比較ができない。 


サッカー紀行5:ヴォルスクラ・ポルタヴァ

No.0070 2011年10月1日

 ウクライナのポルタヴァ市に、ヴォルスクラというクラブがある。ウクライナ・プレミアリーグのなかでは中堅的な存在だが、2011/12年のUEFAヨーロッパリーグに出場しているので、「ポルタヴァってどんなとこ? ヴォルスクラってどんなクラブ?」と興味をお持ちの方もおられるであろう。

 もともとこのチームは、ソ連時代の1955年に「コルホーズニク( 集団農場職員)」という名前で設立された。若干の変遷を経て、1984年に現在の名前に改称された。「ヴォルスクラ」というチーム名は、ポルタヴァ市を流れているヴォルスクラ川(ドニエプル川の支流)から来ている。

 ヴォルスクラは、プレミアリーグでの優勝経験はなく、過去3位が最高。ただ、UEFAのコンペティションには何度か参加しており、今回もプレーオフを突破して出場権を得た。ヴォルスクラは、ポルタヴァ州の産業界に君臨するK.ジェヴァホ氏 (写真)率いるファイナンス&クレジット財閥/Ferrexpo社のお抱えクラブと理解していいと思う。胸スポンサーもFerrexpoだ。ポルタヴァ州は鉄鉱石の産地であり、Ferrexpo社は鉄鉱石の輸出を生業としている。ジェヴァホおよびそのビジネスに関しては、以前ウクライナのコーナーで触れたので、ご参照あれ。

 私は、昨年の12月にポルタヴァに現地調査に出かけた。現地に来た以上、書店でご当地の資料を買いたいところだが、ロシアやウクライナでは書店に行ってもその地方特有の商品がなかったり、果てはまともな書店自体がなかったりして、落胆することが多い。ポルタヴァに出向いた際には、なかなか書店が見付からなかったのだが、偶然にも裏通りにあるプレハブ建てのような粗末な書店を見付け、そこにものすごく豊富なご当地書籍が売られていて、嬉しい驚きだった。

 そのご当地書籍のなかで、ヴォルスクラ・ポルタヴァについての本が売られていたので、買ってきた。上述のように、1955年創設のクラブなので、55周年記念の本ということらしい。私は、生ではもちろん、テレビでもまだヴォルスクラ・ポルタヴァの試合を観たことがないが、こんな縁起物の本に出会ったので、早くも親近感を抱いている。

ポルタヴァと言えば、何と言っても1709年の「ポルタヴァの戦い」が有名。これは記念公園に設けられた犠牲者を追悼するモニュメント。

 

高台から、教会の丘と、低地に並ぶ住宅を臨む。

 

ポルタヴァ市の中心地の風景。

 

こんな粗末な店構えの書店に、驚くほど豊富なご当地書籍が。

 

55周年記念の本なので、現在のことよりも、歴史的な内容が中心。

 

 


9/6 それぞれの代表戦

No.0069 2011年9月7日

 ウズベキスタンVS日本 タシケントで、我らがサムライブルーとウズベキスタン代表が対決。結果は1対1で引き分け。諸々の難しい条件から考えて、まあ勝ち点1でやむを得なかったのではないかと思う。ブログに書いたことの繰り返しになるが、それにしてもウズベキスタンは魅力的なチームだった。オーストラリア以上に、「ヨーロッパ」を感じる。というか、やはり旧ソ連のサッカーだな、あれは。ボールを持った時の懐の深さとか、間合い的なことが、アジアの感覚とはだいぶ異なる。こういうチームがアジアにあることは、喜ばしい。難しく言えば、中央アジアがアジアの多様性を担保している、ということになる。昨日の試合では、スタジアムが満杯なのも、好感が持てた(アジアでは必ずしも望めないこと)。昨日の試合、ウズベク代表のプレーぶりで、特に日本が手を焼いていたのは、相手ボールの時に、チョンと裏に出されて、そのまま入れ替われてしまうというプレー。それで簡単にサイドを突破され、何度もピンチを迎えていた。思うに、あれは草むらのようなウズベクのピッチだからできるプレーで、ホームならではという気がする。日本の、綺麗に短く刈られた芝の上であれをやろうとしても、ボールが速く転がってしまい、出した本人も追い付けなくなってしまうので、無理だと思う。他方、ウズベキスタン代表は、簡単に最終ラインの裏をとられてしまうなど、守備では脆い部分も見せた。そのあたりが改善されてくると、今後日本にとってもっと手強いライバルになってくるだろう。いずれにしても、予想以上に、三次予選から、結構ハラハラさせてくれるもんだ。

 ロシアVSアイルランド モスクワで行われたユーロ予選のロシアVSアイルランドはスコアレスドロー。こちらの動画を観る限り、敵地で守備を固めるアイルランドに対して、ロシアが何度か決定的なチャンスを迎えるも決めきれず、ロシアとしては実に惜しい引分けに終わった、といったところらしい。ただ、引き分けだったので、1位のロシアと2位のアイルランドは勝ち点差2で変わらず。おまけに、もう一つのライバルだったスロバキアが、ホームでアルメニアに0対4で負けるという大失態を演じたため、スロバキアに抜かれることもなかった。アイルランドの残り2試合が比較的楽な相手なので、ロシアとしては残り2試合を両方勝ちたいところで、10月7日のアウェーでのスロバキア戦が正念場となる。

 ボスニア・ヘルツェゴビナVSベラルーシ オワタorz ベラルーシは、9月2日のホームでのボスニア・ヘルツェゴビナ戦に続き、6日のアウェーでのボスニア戦も0対1で落とし、これで完全にユーロ出場に向けたプレーオフ進出の権利が得られるグループ2位の可能性がなくなった。ついでに、来年のユーロでロシア・ウクライナ・ベラルーシ=東スラヴ3兄弟の揃い踏みに立ち会うという私の夢も潰えた(涙)。ベラルーシとしては、負けたばかりの相手とアウェーでリターンマッチを戦わなければならないというところが何とも痛く、勢いで完全に圧倒されてしまったようだ。ボスニアでの試合で、ベラルーシは9枚ものイエローカードを受け、結果2名が退場処分になっている(34T.カラチョフ、85A.マルティノヴィチ)。動画を観ると、警告は概ね妥当に思えるが、ベラルーシの選手が相手に倒された場面でシミュレーションをとられたケースもあったようで、ボスニア・サポの熱気が演出した部分もあったかもしれない。人数が少ない中でよく耐え忍んだとは思うが、87分についにボスニアにゴールを割られ、万事休す。それにしても、今回の予選でベラルーシは本命のフランスからは勝ち点4を奪いながら、確実に勝たなければならないゲームでの取りこぼしが目立った。現地の論調では、結局のところ予選を勝ち抜くための戦略を欠いていたなどと指摘されている。ドイツ人のシュタンゲ監督もチームを去る方向のようで、ベラルーシ代表はまた一からの出直しとなりそうだ(しかも2014W杯予選は死の組と来ている)。明るい話題は、ロンドン五輪出場を決めていることであり、若い世代の成長次第では今後化ける可能性もあるかもしれず、五輪監督のG.コンドラチェフが将来的に代表監督になるなんて憶測も出ている。


ウズベキスタン・サッカーの暗部

No.0068 2011年9月5日

 もしかしたらこの話は、ロシア圏・中央アジアの専門家や、サッカー通の間では周知の事実かもしれない。ただ、日本代表がウズベキスタンに乗り込んで一戦交えようとしているところでもあるので、紹介しておく。ウズベク・リーグのチャンピオンクラブである「FCブニョドコル」の正体、そして世界に冠たるエリートクラブ「FCバルセロナ」との癒着関係である。

 FCブニョドコルというのは、ウズベキスタンの首都タシケントをホームタウンとし、創設は2005年とごく新しいものの、すぐにトップリーグ昇格を果たし、2008年以降は国内リーグ3連覇中という強豪である。もっとも、今やっているW杯アジア三次予選に招集されている代表選手を見ると、確かにFCブニョドコル所属選手は3人で最大勢力であるものの(GKネステロフ:59キャップ、DFカルペンコ:54キャップ、MFイブロヒモフ:3キャップ)、圧倒的に多いわけではない。ライバルのパフタコール・タシケントも3人を輩出しており、オルマリクFCの2人がこれに続く。残りは、別の国内6チームから1人ずつと、海外組(といっても無名なチームが多い)が14人で、現在のウズベク代表はかなり所属クラブがばらけているようだ。

 というわけで、FCブニョドコル=ウズベキスタン代表というわけではないものの、あらゆる意味で今のウズベク・サッカーを象徴する存在になっているのが、ブニョドコルと言っていい。というのも、ブニョドコルは「グルナラ・カリモヴァのクラブ」と言われているからだ。当国では1990年以来イスラム・カリモフ大統領が独裁政権を築いており、その愛娘がグルナラ・カリモヴァである(写真)。1972年生まれのグルナラは、政治家・外交官、慈善活動家、デザイナーなど多様な顔を持つ。ウズベキスタンのプリンセスと呼ばれ、将来は父を継いで大統領になるのではないかとも言われている。グルナラはスイスに登記されたゼロマックスという会社を通じウズベクのあらゆる経済分野を支配しており、FCブニョドコルもこのゼロマックスの傘下にあるのだ。

 そして、世界のエリートクラブであるFCバルセロナが、FCブニョドコルと交わることで、汚点を残してしまった。これに関しては、こちらの英語の記事が詳しく伝えているので、ご関心のある方は参照していただきたい。簡単にまとめると、2008年春、当時FCバルセロナの会長だったジョアン・ラポルタに、トルコ人の代理人を通じ、前出のゼロマックス社幹部のミルジャリ・ジャラロフという男が接触してきた。最初は警戒していたラポルタ会長だったが、ゼロマックスの資金力を知ると興味を示し、結局FCブニョドコルとの提携に応じた。FCバルセロナに所属していたFWエトーのFCブニョドコル移籍が報じられたのは、2008年7月のことだった(結局実現はせず)。FCバルセロナは、500万ユーロの報酬と引き換えに、バルセロナとタシケントで2度にわたりFCブニョドコルと親善試合を行った。メッシ、プジョル、イニエスタがブニョドコルの若手キャンプに参加したことに対し、さらに300万ユーロが支払われた。しかし、ウズベキスタンは世界でも最悪の独裁国の一つと言われ、その富の源泉の一つは子供を収穫作業に駆り立てている綿花栽培である。ユニセフのロゴをユニフォームに掲げているFCバルセロナが、子供に奴隷労働を強いて富を築いているカリモフ一家のサッカークラブと提携するようなことは、許されるのか? この記事を含め、バルサとブニョドコルの癒着に多くの批判が出たのは、当然であった。

 そんなわけで、No.0064で見たタジキスタンと、そして今回のウズベキスタンには、独裁的な大統領の子女が自国のサッカー界を牛耳っているという共通点があるわけだ。まあ、日本代表が戦ううえで、こうしたファクターが大きな影響を及ぼすような可能性は、高くはないだろう。しかし、まずは敵を知っておくことが必要ではないかと思い、情報提供を試みた次第だ。


9/2 それぞれの代表戦

No.0067 2011年9月4日

 9月2日、アジアでは2014ブラジルW杯のアジア三次予選が、ヨーロッパでは2012ウクライナ・ポーランド共催ユーロの予選が、それぞれ開催された。関係国の戦いについて、簡単にコメントしておく。

 日本VS北朝鮮 ロスタイムのDF吉田麻也の劇的ヘディング・ゴールで、日本が1対0勝利。なかなか点がとれなくて、ヤキモキしたが、別に日本が悪かったり、攻撃陣に決定力がなかったというわけではないと思う(それにしてもあの相手GK、足を怪我しながら、信じられないようなセーブを連発していた)。終盤にパワープレー気味に押し込むなかでも、FW香川がバイタルで受けてペナ内に切り込んだり、ショートコーナーを使ったりと、非常に芸が細かかった。入ってもおかしくないシュートを何本も撃った末に、入るべくして入ったという感が強かったので、必然の勝利と言っていいと思う。

 タジキスタンVSウズベキスタン 日本にとって一応気になる裏の試合は、0対1でアウェーのウズベキスタンが勝利。試合は、タジキスタンの首都ドゥシャンベ市ではなく、その近郊の人口11,400人のトゥルスンザデ市で開催された。同市の「メタルルグ」スタジアムで、現地時間16:30キックオフ。入場は、事前には有料とされていたが、当日になって無料で開放されたということで、14,000人の観衆が詰めかけた。他方、テレビの生中継はなかったそうだ。審判団は中国のチームが務めた。天候は晴れ。ゲームは両者無得点のまま後半も半ばにさしかかったところで、ウズベクがPKを獲得し、72分にM.シャツキフがこれを決めて先制、そのまま逃げ切った。どこかで動画を観られるかなと思って探してみたけど、見付からなかったので、どんな試合だったのか、あまりよく分からない。例のタジキスタン代表チームの「親玉」R.エモマリは、「こういうゲームでは経験がモノを言い、タジク・チームは浮足立っていた。準備期間も10日しかなかった。せめて引き分けたがったが、ウズベク相手によくやったと思う。この予選を通じて、サポーターが支えてくれることを願いたい。あと2〜3年もすれば我がチームも成長し、サポーターに喜びを与えられるだろう」といった趣旨のことを述べた。タジク代表監督代行のA.ラフィコフは、「事前に選手たちには、ウズベクのようなチーム相手では、決定的なチャンスは1〜2度しかないから、それを決めきるかどうかだ、と言っておいた。実際には、今日のゲームで3度もそのようなチャンスがあったのだが、決めることができなかった。せめて引き分けたかったが、私自身、選手交代で少し適切でない判断があり、そこで隙を作ってPKを与えてしまった。選手たちは頑張ったが、タジクの国内リーグのレベルは低く、ウズベクは選手個々もチームとしてもレベルが上だった。ウズベク、日本、北朝鮮といった国と戦えることは素晴らしい経験だ」などと語った。この口調からすると、やはりウズベクが押しまくって、タジクには勝ち目がなかったということか。一方、ウズベク代表監督のV.アブラモフは、「ウズベクがなかなかチャンスを決められなかったのは、タジクがゴール前を固めていたからで、やむをえない。タジク代表は主にイスチクロルの選手から成るので、ディフェンスの統制はとれていた。我々がもっと早くに先制していたら、違う試合になったかもしれない。ウズベクとタジクの国民は、お互いのチームを応援しあうこともあり、今回のゲームも友好的な雰囲気のなかで行われた。タジクが日本や北朝鮮とやるのはしんどいと思うが、健闘を祈りたい」などと述べた。

 ロシアVSマケドニア 代わって、ユーロ予選。ロシアVSマケドニアは、ホームのロシアが1対0勝利。唯一の得点シーンは、前半41分、ロシアのアルシャヴィンが自陣の深いところからドリブルで75メートルもの距離を一気に攻め上がり、ペナ付近で左にいたケルジャコフにパス、中央に折り返したボールを走り込んできたセムショフが豪快に蹴りこんで決まったものだった。YouTubeを観ると、ロシアは他にもビッグチャンスをいくつか作っていたようで、得点こそ1点だけだったものの、まあそれなりに良い試合をしたようだ(ピンチもいくつかあったようだが)。これまでキャプテン・アルシャヴィンの代表でのプレーには厳しい評価が寄せられていたが、今回の一戦で株を上げたみたい。ロシアにとってはおそらく幸運なことに、同じ日に行われたアイルランドVSスロバキアがスコアレスドローに終わったため、ロシアはグループBでトップに立ち、アイルランドおよびスロバキアにそれぞれ勝ち点2の差をつけている。ただ、まだ直接対決も残っているので、ロシアとしては最後まで厳しい戦いが続く。

 ベラルーシVSボスニア・ヘルツェゴビナ ある意味で、個人的に最も注目していた試合。ユーロ2012にロシア・ウクライナ・ベラルーシの東スラヴ3兄弟が揃い踏みして、それを現地観戦に行くというのを夢見ているので。しかし、あろうことか、ベラルーシは勝負どころの試合を落としてしまった。ホームにボスニア・ヘルツェゴビナを迎えたベラルーシは、良いところなく0対2で敗れ、プレーオフ出場が可能になる2位のポジションをボスニアに明け渡してしまった。勝ち点差は1にすぎないが、ベラルーシは残り2試合、ボスニアは3試合である。この試合、ベラルーシの失点シーンは実に愚かなもので、前半20分頃、自陣のペナ内で相手選手ともつれて倒れたベラルーシ選手がボールを抱えるような恰好になってしまい(サッカーではよくあるシーンだが)、それをハンドと判定されて、やらずもがなのPKによる先制点をボスニアに献上した。その直後の24分、コーナーキックの守備でゴール前に密集しすぎ、ペナのすぐ外にいた敵にフリーのシュートを許し、それが決まって0対2。必死の反撃も実らず、そのまま敗戦と相成った。これにより、ベラルーシのプレーオフ進出は、限りなく厳しいものとなった。9月6日に、今度はボスニアのホームでリターンマッチがあるので、ベラルーシとしてはまずそれに勝利することだろう。負ければ、その時点で敗退決定である。そして、10月7日のアウェー戦で、ルーマニアを倒すという困難なミッションを遂げなければならない。そのうえで、「他力」でボスニアがコケることを、期待するしかなくなった。

 ちなみに 開催国は予選免除なので、本大会に向けてのチーム作りが意外と難しいのは周知のとおり。9月2日にウクライナ代表はハルキウでウルグアイ代表と親善試合を行い、2対3で敗れたそうだ。


アキンフェエフ負傷でCSKAとスパルタクに遺恨

No.0066 2011年8月31日

 W杯アジア3次予選の開幕を前にして、CSKAモスクワの本田圭佑が膝に怪我をしたということで、日本代表に暗雲が垂れ込めている。8月28日のロシア・プレミアリーグ第22節、スパルタク・モスクワ戦で痛めたものだ。もっとも、本田の怪我は、ルジニキ・スタジアムの人工芝に足をとられた結果起きたとのことで、相手のラフプレーが原因というわけではないらしい。

 実は、同じ試合で、CSKAのゴールキーパーであるI.アキンフェエフも怪我を負っている。その場面はこちらで動画を観られるが、アキンフェエフがゴールエリア外でヘディングでボールをクリアしようとしたところ、相手のブラジル人FWヴェリトンが体をぶつけ、バランスを失ったアキンフェエフが着地に失敗して膝を怪我したものだ。危険なプレーを犯したヴェリトンにはイエローカード、アキンフェエフはプレー続行不可能で担架に乗せられ退場した。アキンフェエフはロシア代表の正ゴールキーパーでもあるので、ユーロ予選の天王山が目前に迫っているだけに、ロシアサッカー界に衝撃が走った。代表チームには、ディナモ・モスクワのキーパーA.シュニンが追加招集された。そして、この一件がCSKAとスパルタクス間の激しい非難の応酬を引き起こしているようだ。以下、こちらの記事にもとづいて、事の顛末をお伝えする。

 記事によれば、アキンフェエフが負傷したスパルタクス戦が終了した後のインタビューで、CSKAの球団社長R.ババエフは、ヴェリトンは意図的にアキンフェエフに怪我をさせた、彼がゴールキーパーを攻撃するのは初めてのことではない、サポーターたちはすでに何とかして彼に懲罰を加えなければならないということを言っている、ヴェリトンは外を歩く時気を付けた方がいいだろう、などと述べた。ちなみに、2009年にヴェリトンとぶつかったディナモ・モスクワのキーパーV.ガブロフは頬骨を骨折しており、それに関してCSKAL.スルツキー監督やロシアサッカー連盟のS.フルセンコ会長もヴェリトンを非難していた。

 CSKAのババエフ社長の発言がマスコミに流れると、スパルタクのV.カルピン監督がこれに噛みついた。カルピンは以下のように述べた。我々はババエフの発言につき検察当局に告発するつもりだ。ババエフはクラブの公式な代表者であり、このような暴言を吐いた後にクラブの幹部にとどまることはできないはずだ。これは暴力の呼びかけであり、刑事事件に該当する。問題のアキンフェエフとヴェリトンの衝突の場面は、単なるプレーの一環である。ゴールキーパーも、フィールドプレーヤーと条件は同じだ。怪我をしたことは我々にとっても残念だが、暴力を呼びかけることは看過できない。我々はマネージ(昨年モスクワ中心部でサポーターが引き起こした騒乱)の再来を望んでいないはずだ。

 以上のカルピン発言を受けCSKA側は、検察に告発するとのスパルタクの対応に驚いている、ババエフ社長が述べたのはサポーターの暴力的な報復を支持しないということであり、カルピンは人の発言をもっとよく吟味したうえで評価するべきだ、と反論した。

 それでなくても積年の対立関係にあるCSKAとスパルタクのサポーター同士の関係がさらに緊迫、すでに28日の試合後にはスタジアム周辺で両者が小競り合いを起こし、120人が警察に拘束された。

 もう一つスキャンダルになっているのが、この試合をテレビの「ロシア2」チャンネルとネットのStortbox.ruで中継したD.グベルニエフ氏の発言である。ハーフタイムに、テレビの「ロシア2」はCMに入ったのだが、ネットの中継は続いていて、グベルニエフはマイクが入っているのに気付かず、別のゴールキーパーV.マラフェエフの悪口を言い、マラフェエフの妻が交通事故死した件についても触れた。マラフェエフは、ゼニト・サンクトペテルブルグのキーパーで、アキンフェエフに代わって来たるユーロ予選に出場すると予想されている。これを知ったマラフェエフ本人は、ツイッターでグベルニエフを厳しく批判した。本件につきグベルニエフ本人は沈黙を守っている。


ユーロ2012がウクライナにもたらす経済効果

No.0065 2011年8月31日

 いよいよ来年に迫ったウクライナ・ポーランド共催のユーロ2012だが、それがウクライナにどの程度の経済効果をもたらすかについて触れた記事を見付けたので、以下のとおりその要旨を紹介する。

 これによれば、先日V.コプィロフ経済発展・商業第一次官が、ユーロ2012の開催はウクライナのGDP0.8%押し上げる経済効果をもたらすと発言した。

 これに対し、証券会社ドラゴン・キャピタルのO.ベラン主席エコノミストの見解では、経済効果はその半分の0.40.5%程度にすぎないと予想されるという。ベランによれば、大会期間はわずか2週間なので(服部注:正しくは6月9日から7月1日までの約3週間である)、年間GDPにそれほど大きな影響は及ぼさない。大会の主な恩恵はむしろ、開催都市におけるインフラの改善である。ウクライナでは現在、道路、ホテル、空港が建設されているところだ。純粋に観光客の増加による効果はわずかなもので、むろん経済にとってはプラスだが、一部の人々が考えているほど大きなものではない。以上が、ベランの見解である。


タジキスタンのサッカーは大統領の息子が私物化?

No.0064 2011年8月21日

 2014ブラジルW杯に向けたアジア三次予選における日本の対戦相手として、タジキスタンなどという訳の分からない国が突然登場し、関係者の皆さんは必死で情報をかき集めておられるところだろう。私自身は、タジクという国に実際に行ったことはないが、自分の所属団体の事業対象国なので、色んな噂は漏れ聞いている。外国について、いたずらに偏見を煽るようなことはあまり言わない方がいいだろう。しかし、ことタジクに関しては、恐ろしく未開な国であると理解しておいた方が、無難だ。たとえば、タジク人の政府高官が来日した際に、アテンドに付いた日本人女性に乱暴をしようとしたとか(!)、そういう話が山のようにある。何しろ、ワールドカップの予選で戦う相手なのだから、少し大袈裟に「山賊の国」というくらいのイメージで捉えておいた方が、後で受けるショックが少なくて済むと思う。

 さて、私なりに、タジクのサッカー事情について、ちょっとだけネットで情報を探ってみた。日本の新聞などでも報じられていたが、8月の初めに代表監督が成績不振で辞任してしまい、現在は空席になっている。そして、最新のニュースを見たら、「タジキスタン・サッカー連盟副会長のルスタミ・エモマリが代表チームの‘親玉’になった」ということが伝えられていた。しかし、この‘親玉’という言葉はどうも監督という意味ではなさそうで、位置付けが不明確である。監督は引き続き人選中の模様で、さしあたり首都ドゥシャンベのクラブ「イスチクロル」の監督アリムジョン・ラフィコフが代表監督代行に掛け持ちで任命された由。

 で、問題は、どんな役割を果たすのかは知らないが、代表チームの‘親玉’に就任したルスタミ・エモマリ(写真)。実は、現職のタジキスタン大統領、エモマリ・ラフモンの長男である。ラフモン大統領には9人の子供がいるが、娘の一人が外務次官を務めるなど、縁故主義が公然とまかり通っているようだ。YouTubeには、ルスタミ・エモマリの豪華な結婚式の模様がアップされていて、ちょっとしたロイヤルウェディングである。ちなみに、ルスタミ・エモマリ自身、前出のイスチクロルで選手としてプレーした経験があり、どうもイスチクロルという新興チームがラフモン政権の下で急激に伸びていて、それが代表チーム と一体化しつつあるのではないかという印象を受ける。

 まあ、代表チームが大統領の息子の私物と化しているとしたら、所詮その程度のチームということで、日本にとってますます取るに足らない相手ということになるかもしれないけど。しかし、大統領が、息子可愛さに、ありとあらゆる手段を使って代表チームを勝たせようとするなんて恐れもあり、そのあたりは警戒しておいた方がいいかもしれない。

 なお、‘親玉’就任後、当のルスタミ・エモマリは次のように語っている。「代表チームは、国の顔だ。私は、我が国のサッカー、とりわけ代表チームの強化に、全力を尽くす。むろん、三次予選の組み合わせは、『死の組』だ。日本と北朝鮮は南アフリカW杯に出場したし、ウズベキスタンもアジアカップで活躍した。ただ、タジク代表チームがこうした強豪国と試合をして自らの力を試し、学習できる機会は、滅多にない。タジクのサッカーファンが、アジアでも最良のチームとの試合を観戦できることも、喜ばしい。私は、タジク代表が三次予選で善戦できると確信している。初戦の9月2日までに残された時間は少ない。代表チームは8月22日にカイラクムに集まってキャンプを始める。海外組のマヌチェフル・ジャリロフ(元ロコモティヴ・モスクワ)、ムハンマド・スルトノフ(CSKAモスクワ)、イスカンダル・ジャリロフ(ルビン・カザン)、ナイム・シャリフィ(オーストリアのカプフェンベルガー)、ファルホド・ヴォシエフ(シンニク・ヤロスラヴリ)も呼ぶ予定で、すでに交渉をしている。タジク代表チームを愛するすべてのファンは、ウズベク戦が行われる9月2日にメタルルグ・スタジアムに来て、代表を応援してほしい。美辞麗句として言うのではなく、我々には貴方たちの力が本当に必要なのだ。」


ワルシャワ便り

No.0063 2011年8月17日

 本日、ポーランドから私のところに来客があった。その方は日本人で、外資系のコンサル会社に勤務し、日系企業をポーランドに誘致する仕事をなさっている。で、その方がもってきてくれたポーランドのお土産に、ユーロ2012のロゴが入っていた(写真参照)。これはウェデルというポーランドの老舗菓子メーカーのチョコレートで、私は知らなかったのだが、実は昨年日本のロッテが買収したのだという(買収に関するロッテのプレスリリースはこちら)。ガラパゴス感の強い日本のお菓子メーカーがポーランドのメーカーを買収するというのはちょっと不思議に思えるが、今日聞いた話によると、ロッテは今後グローバル展開したいという意向をもっていて、たまたまそのタイミングでポーランドのメーカーが売りに出て、ロッテのオーナーの鶴の一声で買収が決まったらしい。ともあれ、そのメーカーがユーロ2012のスポンサーであるとなると、我々日本のサッカーファンには二重で親しみが沸くところだ。

 この製品は、ロッテというよりは、昔ながらのポーランド風チョコレートであろう。味は、まだ食べてないから分からないが、ロシアにも似たようなものはあるので、だいたい想像はつく。

 せっかくの機会なので、ポーランドにおけるユーロ2012に向けた機運も聞いてみたが、私にとっては意外なことに、ポーランドの大会準備状況はあまり良くないという。私は、「ポーランドは整然と準備をしていて、ウクライナだけが遅れている」というイメージでとらえていたのだが、どうもポーランドも五十歩百歩のようだ。ここ数年は、とにかくユーロ2012が唯一最大の目標で、それに間に合わせようと色んなものを整備すべく取り組んできたが、行政の対応が緩慢で、道路などのインフラ整備が全般に遅れ気味なのだという。

 また、肝心のポーランド代表のユーロ本大会での展望も、あまり芳しくないようだ。ポーランドは人口の多い重要国であるが、ロシアのエネルギーやウクライナの鉄鋼のような強力な輸出産業を欠いているため、サッカーにお金を出してくれる有力なスポンサーがないらしい。

 以上、甚だ簡単ではあるが、しばらくこのコーナーを更新しなかったので、ワルシャワ便りをお伝えした。


ブラジルW杯の予選組み合わせ決定:ベラルーシ死の組に

No.0062 2011年7月31日

 2014ブラジルW杯(2014年6月12日〜7月13日)の世界各大陸予選抽選会が行われた。注目の欧州地区予選だが、ベラルーシのニュースサイトを眺めていたら、「ベラルーシは死の組に入った」という見出しが躍っていた。

 私の関係国を整理しておくと、まずロシアはグループFで、ポルトガル、ロシア、イスラエル、北アイルランド、アゼルバイジャン、ルクセンブルクという顔ぶれ。まあ、ロシアの頑張り次第では、1位確保も不可能ではないだろう。

 ウクライナはグループHで、イングランド、モンテネグロ、ウクライナ、ポーランド、モルドバ、サンマリノとなった。ウクライナにとってはご近所の国が多く、ユーロ2012の共催国2つがこの組に顔を揃えることとなった。この組は結果が読みづらい。ウクライナとしてはユーロ2012で大会としても、自国チームも成功を収め、その余勢をかってW杯予選に臨みたいところ。

 そして、死の組ことグループIが、スペイン、フランス、ベラルーシ、グルジア、フィンランドという組み合わせ。他の組が6ヵ国であるのに対し、この組だけ5ヵ国という有利さはあるものの、W杯優勝経験のあるスペイン、フランスのいる組でベラルーシが2位以上に食い込むことは、至難の業だろう。まあ、ベラルーシは、2014W杯はともかく、2012ユーロだけは石にかじりついても出場権を獲得してほしい。

 2014W杯ヨーロッパ予選は、2012年9月7日から2013年10月15日にかけて行われる。各組で1位となった9チームはストレートでW杯出場決定、2位になったチームのうち成績の良い8チームがプレーオフを戦い(プレーオフは2013年11月15日と19日)、勝った方がW杯に出場、ヨーロッパからは計13チームが出場する。

 ところで、アジアの3次予選の抽選もあり、日本はウズベキスタン、シリア、北朝鮮と同じグループCになった。そんなに簡単ではないなというのが、個人的な感想。この組には絶対的弱者、確実に勝てる相手というのがいない。日本にとっては、(環境面も含めて)苦手な中東勢がシリアだけというのは朗報だが、逆に中央アジア、中東、東アジアの鎖国国家と、条件がバラバラの国とやらなければならない難しさがある。まあ、とはいえ3次予選なので、このくらいのステージは楽々突破してほしいものだ。個人的には、旧ソ連圏のウズベキスタンが入ったのは嬉しい。


南アW杯から早1年

No.0061 2011年7月24日

 FIFAワールドカップ南アフリカ大会の決勝は、2010年7月11日だったから、早いものでもう1年強が経ってしまったことになる。日本のサッカー界にはあれから、難航の末のザッケローニ代表監督の就任、アジアカップ優勝、震災によるコパアメリカ参加断念、そして女子代表なでしこの世界制覇と、1年の間にも結構色んなことがあった。ここらあたりで改めて、南アW杯のことを振り返ってみるのも悪くないだろう。そんな時に、格好な読み物と言えるのが、本年2月に発行された宇都宮徹壱著『日本代表の冒険 南アフリカからブラジルへ』(光文社新書)である。私の最も好きなサッカーライターの本なので、軽く取り上げておく。

 本書は、スポーツポータルサイト「スポーツナビ」に毎日連載されていた「日々是世界杯2010」をベースに、大幅に加筆・修正したものである。したがって、私などは、初めて出会うというよりは、「ああ、そうそう、こんな文章だったよな」と、再確認しながら読むような感じだった。それでも、日々急激に移ろうフットボールの世界だけに、4年に一度の祭典をこのような形で記録にとどめておくことの意義は大きいだろう。相変わらず、紀行文としても面白い。

 940円+税だが、368ページという大ボリュームで、カラー写真も多数載録している。


リヴィウ・スタジアムの建設費さらに膨らむ

No.0060 2011年7月21日

 ちょっとした小ネタ。ユーロ2012のウクライナ会場のうち、最も建設作業が遅れていると言われていたリヴィウのスタジアム。建設作業が難航し、建設費が相当膨らんでいるらしい。こちらの記事が伝えている。

 これによれば、リヴィウのスタジアムは本年10月15日のこけら落としが予定されているが、建設費が予定よりも1,000万ドルも膨らみ、その総額はキエフのオリンピック・スタジアムの大規模改修費の半分の水準にまで達した。7月6日付の政府指令672号で、リヴィウ・スタジアムの建設費を8,700万グリブナ増額し、22億8,800万グリブナとすることが承認されたものである。5月に承認されたオリンピック・スタジアムの大規模改修費の修正版は、45.9億グリブナとなっている。(参考:直近で、1ドル=8グリブナくらい)

 ところで、No.0038の記事で私は、「むろん、[ユーロ用の新スタジアム]完成後は、カルパティ・リヴィウも、同スタジアムを本拠とすることになるのだろう」と書いた。ところが、6月4日付のこちらの記事によると、カルパティが新スタジアムを使用することはまったく決まっておらず、新スタジアムはユーロ後は使い道がなくなる恐れもあるのだという。


ロシア・ウクライナの女子サッカー事情

No.0059 2011年7月19日

 というわけで、おめでとう、なでしこJAPAN! 優勝したことだけでも凄いが、1974W杯のオランダのように、サッカーの内容において「革命」とも呼ぶべき新風を吹き込んでの勝利だから、なおさら価値が高い。

 ただし、なでしこの優勝にケチを付けるつもりはまったくないが、男子サッカーと女子サッカーでは世界的な競争の度合いが異なることも事実である。男子の場合、サッカーが最も人気があり、国技的な位置付けになっている国は、数多いだろう。いや、世界中ほとんどの国がそうだと言っても過言でない。それに対し、女子のサッカーは歴史が浅く、まだ根付いていない国も多い。その分、競争の熾烈さが、男子に比べれば幾分緩いのだと思う。

 最新の、2011年3月現在の女子の世界ランキングは、下表のとおりである。これを見ると、優位に立っているのは、新大陸(北米およびオセアニア)、ヨーロッパのなかの北寄りの(プロテスタント系の)国、そして東アジアといったところである。言い換えれば、男子サッカーでは優勢な南欧勢や南米勢が(カトリック系と言ってしまっていいのだろうか?)、いまいち振るわない。それから、男子サッカーにおいては新興勢力として恐れられているアフリカ勢が、女子ではまだ台頭してきていない。私の想像するところ、こうした女子サッカー後進国では、男尊女卑的な風潮があったり、単に生活が貧しく女性がサッカーをやる余裕がなかったりして、まだポテンシャルを活かせていないのだと思う。したがって、そういう国が本気を出して強化をしてきた時に、現在の上位国が優位を守るのはかなり大変であり、なでしこにも一層のレベルアップが求められるだろうというのが、私の捉え方である。

 (この部分は後日加筆したものだけど)さらに言えば、現時点で女子サッカーの世界勢力図からは、イスラム系の国々がほぼ完全に欠落している。何しろ、女性が肌を露出することがタブーとされている文化圏なので、女子サッカーとの親和性は微妙である。先日は、イラン女子チームが頭をすっぽりと覆うユニフォーム姿で五輪予選に臨み、FIFAから出場禁止処分を受けるという出来事もあったようだ。もしも中東諸国が 宗教的タブーを乗り越えて女子サッカーに本格参入してきたら、アジアレベルでも競争がさらに激化することは必至だが、こればかりはどうなるか分からない。

 で、関連して、ロシアおよびウクライナの女子サッカーというのはどうなってるのかなというのが気になったので、ちょっと調べてみた次第。表に見るように、現在のFIFAの女子ランキングではロシアは20位、ウクライナは21位、ちなみにベラルーシは38位である。ロシアもウクライナも、10位から20位くらいの間の順位で推移しているようで、まあ中堅国といった位置付けだろう。

 

 

 今回の2011女子W杯では、ロシアは欧州地区予選でグループ2位にとどまり、本大会出場を逃した。2007W杯も同様だった。2003W杯では本大会に出場し、一次リーグを勝ち抜けたが、準々決勝でドイツに7対1とボロ敗けしたようだ。さらに遡ると、1999W杯(アメリカ大会)でも本大会に出場し、何と日本と同じグループCになり、日本を5対0で圧倒している(日本はグループ最下位)。しかし、ロシアは準々決勝で中国に敗れてしまった。ロシアの女子サッカーなど、まったく印象になかったけれど、一昔前は今よりももうちょっと強かったようだ。

 一方、ウクライナの女子チームはW杯の欧州予選を突破したことが一度もなく、本大会出場の経験はないようだ。2009年のヨーロッパ選手権の本大会には出場しているが、一次リーグ最下位だった。

 以前、こんなエッセイを書いたことがある。ロシアでは、女性の社会進出自体は盛んであり、女性が職業に就くことは当たり前だけど、「男の職種」「女の職種」というのは、かなり明確に分かれているというのが、その趣旨だった。同じことは、もしかしたらスポーツにも当てはまって、ロシアでは「サッカーは男のスポーツ」という固定観念が、他の国よりも強いのかなと、そんなことをつい考えてしまう(確証はないので、念のため)。

 余談ながら、1999W杯で日本がロシアに5対0で負けた試合の日本の先発メンバーを見ると、今回のW杯メンバーと同じなのは澤だけ。それから10年あまりで、日本のチームも様変わりしたし、日本とロシアの力関係も完全に逆転した。歴史が浅い分、勢力図が急激に変わるというのも、女子サッカーの特徴なのだろう。


ウクライナ国民はビザなしでポーランドに入れるのか?

No.0058 2011年7月13日

 ウクライナ・ポーランド共催のユーロ2012開幕まで、1年を切った。それで、こちらの記事で、ウクライナ国民は共催国のポーランドに、ビザなしで入国できるようになるだろうかという問題が論じられている。スタジアム建設等で少なからぬ出費を迫られたウクライナ国民としては、せめてこれを契機にEUにビザなしで行けるようになれたらと望んでいるが、果たしてその願いは叶うだろうか?という問題だ。以下、記事の要旨をまとめておく。なお、確認までに申し上げれば、ウクライナ側はすでにEU諸国の市民をビザなしで受け入れている。日本人は、ポーランドにも、ウクライナにも、短期であればビザなしで行けるので、何の問題もない。

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 先日のダボスにおける世界経済フォーラムでの演説の際にも、ヤヌコーヴィチ大統領が、「ユーロ2012開催時までには、EUとのビザなし体制が現実のものとなる。我が国はそれが2011年中に現実のものとなるように、全力を尽くす」と、欧州側にメッセージを送っていた。

 EU側が20101122日にウクライナに送ったビザ体制自由化のための「行動計画」というものがあり、ウクライナ側は現在、それに沿って作業を進めている。本年2月にはA.クリュエフ第一副首相をヘッドとする特別調整センターが設置され、ウクライナ・EU間のビザ体制簡易化に向けた作業に取り組むことになった。4月には、省庁ごとの具体的な施策を定めた国家計画を策定。なお、「行動計画」は2段階から成り、第1段階は法令の整備、第2段階はその実施という段取りとなっていて、時間およびその支出の割合は前者が30%、後者が70%程度と見込まれている。

 だが、シンクタンク「ラズムコフ・センター」のV.チャルィ副所長は、たとえば出入国管理局といった窓口を設けることは可能だが、それを実現するには資金や人材、また省庁間の調整作業が必要になると指摘する。また、欧州大西洋協力研究所のO.スシコ研究部長は、EUはビザなしの条件の1つとして生体認証パスポートの導入をウクライナに要求しており、ウクライナでは資金不足ゆえにそれを定めた法律が発効するのは2013年1月1日になると指摘した。

 専門家の楽観的な見通しでは、「行動計画」の第1段階は本年中に完了すると見られている。それに対し、慎重派の見方では2012年半ば頃とされており、それはすなわちユーロ2012の開催時期までずれ込むことを意味する。しかも、より厄介な第2段階がまだ残っているのであり、それには数ヵ月、または数年を要するとも言われている。

 というわけで、ユーロが開幕する2012年6月8日までに、ウクライナ国民がEUにビザなしで入国できる可能性は、ほとんど残っていないと考えざるをえない。あとは、ポーランドの領事館がウクライナのサッカー・ファンをてきぱきとさばいてくれるか、あるいは試合のチケットをもっている者には特例的な簡易手続きが適用されることを、期待するしかない。


Jリーグの風景 ―甲斐戦記

No.0057 2011年7月11日

 7月9日に山梨中銀スタジアムで行われたJ1第3節、ヴァンフォーレ甲府VS清水エスパルスを観戦してきた。ちょうど仕事が一段落したタイミングだったし、それに今シーズンこれまで私が観戦した清水のアウェイ戦は2試合とも最高のゲームだったので、また良い思いをさせてもらえるのではないかという期待から、新宿発・甲府行きの「かいじ13号」に乗り込んだ。

 それにしても、意外だったのは、甲府駅に降り立ったところ、駅前の百貨店の玄関のところに、ヴァンフォーレ甲府の旗と並んで、エスパルスの旗もはためいていたこと。Jリーグのホームタウンには、どこでも地元チームの旗が翻っていることと思うが、対戦相手の旗まで掲げてくれるとは。話には聞いていたが、甲府の皆さんというのは、素晴らしい度量と、もてなしの心をもっておられるようだ。

 鳥もつ煮の昼食、武田神社の観光など、お決まりのイベントをこなし、いよいよシャトルバスで会場の山梨中銀スタジアムへ。そこで、また思いがけない体験をした。まず、バスに乗り込む際に、ヴァンフォーレのサポーターと思しき人たちに、『バス小瀬新聞』というものを手渡された。いかにも「手作り」といった体ではあるが、中身はなかなか読み応えのある、8ページのミニコミ紙であった。紙面の様子は、右のサムネイルをクリックしてご覧いただきたい。そして、それを読むと、かつてヴァンフォーレ甲府が経営危機に陥った際に清水エスパルスの支援によって危機を乗り切ったことが紹介されており、今でもそのことに感謝しているといったことが、熱く綴られている。その文章は、バス小瀬新聞のこちらのサイトでも読むことができる。私などは、それほどコアな清水サポでもないので、「清水と甲府の間は結構人的交流が盛んだな」という程度の認識しかなかった。

 そして、バスのなかでは、添乗員役のボランティアのヴァンフォーレ・サポがマイクを握り、「清水への感謝の念と尊敬の気持ちは、片時も忘れたことがありません」といったことをおっしゃる。こちらとしては厳しい「敵地」に乗り込んだつもりなのに、ここまで持ち上げられると、何だかかえって居心地が悪いような(笑)。というわけで、私が甲府で感じた、アウェイ・サポーターも歓迎するという雰囲気は、ひょっとしたら相手が恩人の清水であるがゆえだったのかもしれない。いずれにしても、人種差別や暴力がスタンダードですらある(私の偏見か?)ヨーロッパのサッカーと比べて、Jリーグの何と健全なことか。大袈裟ではなく、今回甲府で出会ったようなJリーグのサポーターたちにこそ、日本の未来を見る思いがする。

 実は、清水のサポーターにとっても、甲府は単に倒すべき敵というのではない。言うまでもなく、長年清水を支え、昨シーズンをもって不本意な形で清水から放出された伊東輝悦と市川大祐が、現在ヴァンフォーレに在籍しているからである。一般に、サポーターのお約束として、自分のクラブから他チームに移籍した選手には、ブーイングを浴びせるものである。しかし、今回の試合では、甲府のスタメンが発表される際に、伊東と市川に対しては、清水サポからも大きな拍手が送られていた。本人たちは気付いてくれただろうか?

 そんなわけで、むろん真剣勝負ではあるが、およそ「むき出しの敵愾心」というものとは異なる雰囲気の中、試合開始のホイッスルが吹かれた。しかし、今シーズン、これまで私が観戦したゲームはすべてサッカー専用スタジアムだったので、陸上競技場の中銀スタジアムは観づらい! 正直、サッカー専用スタジアムと比べると、スタンドで生観戦する臨場感は、半減である。ゴール裏のアウェイ席をとったのだが、反対側にボールが行くと、何だか地平線の向こうでゲームをやっているようだ。メインスタンドやバックスタンドを見ると、地元サポ一色といいうわけではなく、オレンジ色もかなり見えるから、メインかバックにすればよかった。ただ、清水も甲府も、サイドをとても広く使うチームだから、「真後ろから見ると、こんなに広く横幅を使っているものなんだ!」というのが実感でき、勉強にはなった。

 さて、肝心の試合の方は、うん、なかなか良いぞ、清水。この試合で初めて、MF小林大悟が先発出場したのだが、小野と小林というゲームメーカー・タイプが2人いることで、比較的良くパスが回っていた。私が大宮や浦和で目撃した、アウェイでの完勝劇の時と同じ感じだ。何でこういう戦い方がホームでできないのかと、本当に不思議でならないが。そして、案の定、29分の小野のビューティフル・ゴールで、清水が先制。私のなかでは、アウェイで前半のうちに先制したら、焦る相手に高い位置からプレスをかけまくってボールを奪い、大量点を重ねて快勝できる、という筋書きがあった。

 で、この試合もその筋書きに沿って進んでいたはずなのだが、清水の側に誤算が生じた。まず、42分に小野の積極的な守備が、どういうわけか相手FWパウリーニョへのプレゼントボールにつながってしまい、いったん同点に追い付かれてしまった。その直後、前半ロスタイムに勝ち越したものの、変な形で1失点したことが、試合をもつれさせる一因となった。また、後半になったらスピードのあるFW高木俊幸を投入して相手守備陣をかき回すというゲームプランがあったはずだが、この試合でエスパルスはディフェンスラインのうち2名もが負傷で途中交代を余儀なくされ、攻撃的カードが切れなくなってしまった。結果、後半は相手の攻撃を跳ね返すだけ、という試合に。中2日の甲府と中6日の清水という対戦なので、絶対に甲府の足が止まると思って観ていたのだが、最後は10人になっても襲い掛かってくる甲府の猛攻を、GK碓井健平の獅子奮迅の活躍もあり、何とかしのぎ切った形だった。2対1で清水が薄氷の勝利。

 おそらく清水ファンの誰もが思っているのは、もちろん清水VS甲府の試合には勝ちたいが、甲府にはJ1に残ってほしい。そして、テルとイチに、末永くJ1の舞台で活躍してほしい、ということだろう。そのテルは、この7月9日のゲームでJ1出場499試合を達成した。次節で前人未到の500試合を達成するはずである。

駅前の百貨店にエスパの旗が。

 

なお、地下の山梨物産コーナーがお勧め。

 

前方の眼鏡の男性がボランティア添乗員。

 

山梨中銀タジアム。

 

この日の入場者は12,000あまりで、うち2,000人くらいが清水サポだったらしい。色が鮮やかなので、数以上に目立つ。

 

そもそも、こちとら視力が悪いので、反対側の出来事は、細かいところは全然分からない。

 

後半清水がこっち側に攻めてきたので、後半に点を入れてほしかった。しかし、後半のシュートは、高原のボレー1本だけ。遠目でもいいから、もっと撃つべき。

 

勝つには勝ったが、DFに2人も怪我人が出て、中3日で迎えるアウェイの仙台戦はどうなることやら…。

 

 


ロシア・プレミアリーグのバナナ事件簿

No.0056 2011年6月25日

 最近のロシア・プレミアリーグでは、ロベルト・カルロスがアンジ・マハチカラでプレーしたり、果てはあのルート・フリットがテレク・グロズヌィの監督を務めたりと(成績不振ですでに解任されたらしいが)、往年のスターが彩りを添えた黎明期のJリーグのような状況になっているらしい。だが、そんなロシア・プレミアで、残念至極な出来事があった。日本のニュースでも伝えられているとおり、先日行われたクルィリヤ・ソヴェトフ・サマラVSアンジ・マハチカラ戦で(@サマラ)、そのロベルト・カルロスが、相手サポーターからバナナを投げつけられるという事件が起きたのだ。黒人選手であるロベルト・カルロスは、先のゼニト・サンクトペテルブルグ戦でもやはり相手サポからバナナを投げつけられる被害に遭っていたが、しかるべき解明と処分がなされないまま、2度目の事件が起きてしまったわけである。怒り心頭のロベカルは、プレーを続行できず、ピッチを後にしてしまったそうだ。

 言うまでもなく、人種差別は言語道断だ。しかも、ロベルト・カルロスは、最盛期は過ぎたとはいえ、数々の栄光を手にしてきたレジェンドであり、敬意を払ってしかるべき存在である。そうした名選手に人種差別的な攻撃を加えたら、ロシアという国、そしてそのサッカーのイメージがどれほど傷付くのか、分からないのだろうか。まあ、そんなことに無頓着で、自らの刹那的な快楽を満たすことしか考えていない愚か者たちが、事件を起こしているのであろうが……。我々日本人も、他山の石としたいものだ。ねえ、レイソル・サポさん?

 そんなわけで、今回の事件を受け、現地『スポルト・エクスプレス』紙のサイトに出たこちらの記事から、一部を抄訳して紹介してみたい。

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 罵声を浴びせたり、ありとあらゆるナチス的なチャントを叫んだりするのは、ロシアのほとんどすべてのサッカースタジアムで見られる光景である。少なくとも、モスクワとサンクトペテルブルグでは、確実にそうだ。各クラブの対応は様々で、抑えようとして失敗しているところもあれば、無視しているところもあれば、気付かないフリをしているところもある。

 人種差別の被害に遭った側の選手の反応も、また様々だ。しかし、今回のロベルト・カルロスのように、ピッチを後にしてしまった選手というのは、おそらくこれまでロシア・リーグで見られた最も感情的な振る舞いだろう。皆さんは、去り際のロベカルの表情をご覧になっただろうか? (写真はチームメートに慰められるロベカル)

 ロベカルの行為は、CSKAのニジェール人FWウウォ・ムサ・マーズのそれを思い起こさせる。2009年のディナモ・モスクワとのカップ戦のゲームの際に、マーズは相手チーム・サポーターから人種差別的な罵声を浴びた。ちなみに、その際にディナモのサポーターたちはバナナを1本ではなく、箱単位で会場に持ち込み、大勢でそれを振った。だが、その試合のあと、ディナモに対する何らかの処罰や、勝ち点剥奪といったことにはならなかった。その試合で、マーズがこの侮辱に対してあまりにも激しく取り乱したので、当時CSKAの監督だったジーコは、マーズを途中交代させることを余儀なくされ、試合後に「彼は我を忘れていた」とコメントした。ピッチを去る際に、マーズは人種差別サポーターのところに駆け寄ろうとし、どうにか周りが制止した。ロッカールームで、マーズは泣いていたという。マーズはこのような国ではもうプレーできなくなり、これによりロシアにおけるマーズのキャリアは事実上終了した。

 しかし、すべての黒人選手が、ロベカルやマーズのような反応を示すとは限らない。CSKAモスクワのセク・オリセー(リベリア)とセイドゥ・ドゥンビア(コートジボアール)は、2010年シーズンのスパルタク・モスクワ戦でゴールが決まった後に、スパルタクのサポーターから差別的なブーイングを浴びると、スパルタクの応援席に駆け寄り、笑いながら「猿ダンス」を披露した。「猿がどうしたって? 猿は素晴らしい生き物だよ」とは、オリセーの言。

 当人は、その出来事の1ヵ月後、次のように語っていた。「ロシアで僕に差別的なチャントをするのは、スパルタクとゼニトのサポーターだけだよ。僕のことをオナガザルに見立てるんだぜ。でも、そんなことをしたところで、無駄だよ。僕はサッカー選手であって、そうした行為に怒ってピッチを去る権利はないからね。プレーするのが僕の仕事で、自分のことを何と言われようと関係ない。自分が黒人だろうが、白人だろうが、どうでもいい。わめいていればいいよ。自分は、結局自分のままだから。僕は黒人であり、そしてサッカーが好きなんだ。」

 オリセーとドゥンビアの忍耐とユーモアは、賞賛に値する。しかし、だからといって、彼らがこうした境遇を永遠に耐え忍べるわけではない。CSKAモスクワのDFシディ・オディア(ナイジェリア)は、味方のサポーターが彼に「CSKAで最も白い選手」というチャントを送ることについては、理解を示している。オディアは2004年からロシアでの生活に慣れ親しんでいるし、自分自身も肌の色のことをネタにすることもある。だが、2010年5月のテレク戦でオディアは、相手MFアンドレイ・コベンコから人種差別的な侮辱を受けて報復を行い、レッドカードをもらって、長期間出場停止処分を受けた。それ以降、オディアはCSKAのレギュラーの座を失ったままである。観客席から憎悪が溢れ出ている時には、最も冷静な選手ですら、平常心ではいられないのだ。

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 以上が『スポルト・エクスプレス』紙のサイトに出た記事の一部要約だった。それにしても、私なども、普段は本田の所属するCSKAの試合を何の気なしに眺めていて、オリセーやドゥンビアが色んな葛藤を乗り越えながらプレーしているといったことは思いもしなかった。あまり話題にはならないが、アジア人である本田だって、もしかしたらこういう問題と無縁ではないかもしれない。

 PS:「バナナ事件簿」というタイトル、「メロン記念日」みたいで、可愛すぎたかな?


漂流するロシア・サポーター

No.0055 2011年6月23日

 ロシアのサッカー事情につき、なかなかこまめにフォローする余裕もないが、色々と問題が生じているようである。こちらの記事に、そのあたりの動きがまとめられている。要するに、このところサッカーの試合会場で暴力事件が頻発しており、当局がサポーターを取り締まる法案を準備、それをめぐりまたサポーターと国家権力が対立、ということになっているらしい。以下に、記事の大意をまとめておく。

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 6月20日、V.ムトコ・スポーツ・観光・青年政策相、ロシア・サッカー協会および内務省(警察)の代表、そして「ロシア・サポーター協会」の代表者による協議の場が設けられた。このなかで、最近物議を醸している諸問題が議論された。まず、モスクワを本拠とするスパルタク、CSKA、ロコモチヴのサポーターが、カフカス地域のチームとの試合の観戦をボイコットしている問題。また、サポーター法の策定に関する問題。さらには、6月18日のニジニノヴゴロドにおけるゼニト・サンクトペテルブルグVSヴォルガ・ニジニノヴゴロド戦で、ゼニトのプレーヤーが警備に当たっていた警官から暴行を受けたとされる問題である。

 協議は3時間ほど続いたが、具体的な結論と言えるのは、最近論議の的となっていた「サポーター法」を、今後はサポーターの代表も交えた形で起草することが決まったことくらいである。周知のように、同法がサポーター不在のまま策定されようとしていることに憤慨したサッカーファンたちは、先日ペテルブルグで行われたロシアVSアルメニアの代表戦(ユーロ出場を賭けたきわめて重要な試合)において、後半になって観客席を後にするという前代未聞の挙に出た。もっとも、サポーター協会のA.シプルィギン会長によれば、この行為は、一部の応援グッズを会場に持ち込むことを警察に禁止されたことへの抗議も込められていたという。

 6月18日のニジニノヴゴロドにおけるゼニト・サンクトペテルブルグVSヴォルガ・ニジニノヴゴロド戦での事件というのは、ゼニトのセルビア人FWダンコ・ラゾヴィチが試合後にサポーターにユニフォームを投げてあげようと観客席に向かっていた際に、警官の1人からスタンガンによる暴行を受けたというものである(それを受けたラゾヴィチ本人のインタビューはこちら)。ムトコ・スポーツ相も、ニジニノヴゴロドにおける警備は過剰であるという見解を示した。

 ムトコ・スポーツ相は、近年、ロシアのスタジアムでは不幸な事件が頻発しているとして、競技の運営面の弱さを指摘した。サポーター法には、観客のルールだけでなく、係員やスタジアム自体の問題も盛り込まなければならない。当然、フーリガンや扇動者の責任追及に関しても明確化する、とのことだ。

 モスクワのスパルタク、CSKA、ロコモチヴのサポーターが、カフカス地域のチームとの試合の観戦をボイコットしている問題に関しては、彼らがいかなる理由でそのように決めたのか、原因のリストを提出するよう求め、それにより原因の根絶を図ることになった。協議に参加した他チームのサポーターからは、そんなことをしてもサッカーのためにはならないとして、ボイコットを止めるように求める声が挙がったという。CSKAのサポーターのなかにも、ボイコットを支持しないグループもあり、そうしたグループは「ボイコットの背後には政治勢力がいるのではないか」と疑っている由。


埼玉スタジアムへの道

No.0054 2011年6月21日

 またもドメスティックな話題で恐縮である。5月22日のアウェイでの大宮戦、5月28日のホームでの磐田戦に続いて、またまた清水エスパルスの試合を観戦しにスタジアムに出かけてしまった。今度は、6月18日(土)のJ116節、浦和レッズVS清水エスパルス、@埼玉スタジアム2002である。心を入れ替えて、これからは機会があればなるべく積極的にエスパルスの試合を生観戦しようと決めた。18日の天気予報は雨で、当日になってもやはり天気は芳しくなかったが、エスパルスの今年のスケジュールを見ると、関東地方で行われるリーグ戦はもう、このレッズ戦と、9月の川崎戦くらいしか残っていない(厳密に言えば、鹿島も関東だろうが、まったく別の文化圏という感じで、日帰りで簡単に行けるようなイメージが沸かない)。それに、雨天のアウェイ戦と言えば、大宮での激勝が鮮烈な記憶として残っており、もしかしたらああいう良い思いを再び味わえるのではないかなどと淡い期待を抱き、雨天観戦決行を決めた。

 とは言いながらも、引き分けで清水が勝ち点1でもとってくれればよしとしようというのが、個人的な本音であった。何しろ、前節の山形戦が、運良く勝ちを拾ったとはいえ、内容的にお粗末すぎた。連戦が続くなか、選手層の薄い清水がそう簡単に短期間で立て直せるとも思えない。対する浦和は、引分け続きではあるものの、前節などは内容は悪くなかったと評されており、そもそもがタレント揃いなので、客観的に考えて清水に分があるようには思えなかったのである。

 さて、これまで私は、Jリーグの試合はもちろん、代表戦などでも埼玉スタジアムに行ったことがなかった。そこで、改めて埼スタのアクセスマップを眺めたところ、これが結構不便なところにある。一応、地下鉄南北線の延長上にある埼玉高速鉄道線の浦和美園駅が最寄り駅ということになっているが、同駅からでも1.2kmあり、徒歩15分くらいかかる。JRの京浜東北線で行くと、浦和駅からシャトルバス利用ということになるようだ。大宮ソニックシティみたいに、JRの駅からすぐのところにあるかのように思い込んでいたが、全然違うんだ。

 で、どうやって行こうかなと思案した末、自宅からは東武伊勢崎線利用が便利なので、伊勢崎線の北越谷駅から、歩いて行くことにした。もちろん、北越谷からだとスタジアムまでかなり遠いのだけど(同駅からも試合のある日には埼スタ行きのバスが出る)、さいたま市界隈はほとんど出没したことのないエリアなので、せっかくだから趣味のロング散歩も兼ねて、スタジアムに至るまでの風景も込みで味わってみようと思い立ったのだ。結局、北越谷から埼スタまでは、だいたい予想どおりで、徒歩で1時間強だった。農地が多く、なかなかのどかな風景である。18日は雨降りだったが、良い季節の晴れた日なんかには、歩いてみるのも悪くないと思う。今度は家から自転車で行ってみようかな。

 そんなわけで、雨の埼スタ界隈に到着。浦和美園駅から埼スタまでの道中には、赤をまとったレッズファンが溢れている。エスパルスが今日の試合に完勝し、この数万の赤装束の人々を黙らせる……なんてことは、さすがにないよな。それにしても、大宮のNACK5、アウスタ日本平を経てきた私は、巨大な埼スタの偉容に圧倒されてしまう。

 ビッグクラブの聖地を目の当たりにし、若干たじろいだのだが、スタジアムのアウェイゾーンに到着したら、エスパルスサポのお仲間たちが沢山いて、安心した。雨を避けてスタンド下の通路にひしめき合い試合を待っている彼らを見たら、何だか未来少年コナンで、インダストリアの地下で仲間を見付けたような、そんな気分だった。

 さて、18:03キックオフ。立ち上がりこそ、何度か浦和にチャンスをつくられたものの、徐々に清水がペースを握っていく。この試合では、確かに清水も悪くはなかったとは思うが、むしろ浦和の低調さで、ゲームが清水優位に傾いていった印象が強い。清水はバックラインでボールを回している時にプレッシャーをかけられるとパニクって、バックパスまたは前線へのロングキック一辺倒となり、そこからすべてが崩壊していく。しかし、この日は、浦和のFW陣がほとんどボールを追ってこないので、落ち着いて試合を運べた。今の清水にとっては、前節の山形のように、清水の弱点を研究してそこを徹底的に突いてくる相手の方がやりにくい(だから格下相手のホームゲームで苦戦したりするのだと思う)。浦和の場合には、「自分たちの良いサッカーをやる」という強迫観念に囚われるあまり、相手の弱点を突くとか、とにかくがむしゃらにボールを追いかけるとか、そういう部分が弱いような印象を受けた。そして、攻撃では、きちんとつないで崩そうとする意図は見えるものの、結局は清水の守備ブロックの周りで回しているだけであり、ダイナミックさとは程遠く、詰将棋を見ているみたいだった。

 最終的にこの試合では、清水が3対1で勝利を収めるわけであるが、なかでも清水の2点目となった高原のヘディングシュートは、今シーズンここまでの清水のベストゴールと言っていいだろう。ほんの1年前には、浦和で構想外となり、チームが海外キャンプに出掛けるなか、1人埼玉にとどまり練習していたという高原。そんな彼が、いまや清水の大黒柱となっている。得点はもちろんのこと、ビルドアップが大味な清水だけに、ロングボールを収めてくれる高原の存在が欠かせないものとなっている。現に、この試合でも77分に高原から永井雄一郎に交代したとたん、清水のリズムが失われてしまった(永井も古巣のレッズ相手に燃えていたはずではあるのだが…)。今の清水で、替えの利かない選手を1人挙げろと言われれば、それは間違いなく高原だ。それだけに、高原には何とかコンディションを保って1年を乗り切ってほしいということと、チームとしては高原がいない状況も想定して準備しておくべきだろう。

 ところで、私は野球やサッカーの観戦で歌ったり踊ったりというのが、好きではない。サッカーであれば、試合展開とは関係なく、のべつまくなしに歌ったりするのではなく、観客もプレーに集中し、良いプレーがあれば盛大な拍手で応じるというのが、本来の姿だと確信する。だから、本当は、ウルトラ応援団の皆さんからは少し離れた座席がいいのだけど、埼スタのレッズ主催試合では、アウェイ席は非常に狭いエリアに限られるので、今回は否応なしに歌あり踊りありの応援席に陣取り、エスパルス流の応援スタイルの洗礼にさらされることになった。エスパサポの皆さんは、試合中立ちっぱなしで、ずっと歌やチャントを叫び続けていた。まあ、少数派のアウェイサポとしては、「応援で負けないように」と、なるべく大ボリュームで応援しようとするのは、やむをえないかな。でも、サポの皆さんだって、本当はもっと試合に集中したいはずなのだ。現に、「♪オーレーーオレオレオレー[もっと間合いを詰めろ!]♪エスパールス[岩下戻れ!]♪エスパールス[よーし、よし!]」などと、歌の息継ぎのタイミングで試合に突っ込みを入れている人もいた。そんなわけで、私としては、初めての集団応援にだいぶ戸惑うところがあったが、試合終了後の「勝ちロコ」というのに初めて参加できたのは、良かったかな。

 終わってみれば、エスパルスとしては先日の大宮戦に続く快勝であり、大いに溜飲を下げたわけだが、失礼ながら、浦和さんの元気のなさには、「大丈夫ですか?」と言いたくなった。この日は、試合開始前の選手入場時に、浦和が輝いていた20052006年当時のデザインの巨大ユニフォームがホームのサポ席で掲げられていたのだけれど……。むろん、試合終了後に挨拶に向かった浦和イレブンには、サポ席から激しいブーイングが浴びせられた。しかし、私の観察では、帰途に就く浦和サポさんたちは、ふがいない戦いに憤慨するというよりも、「やっぱり今年もこんな感じか……」といったような、諦念が漂っていた。やはり、最大のビッグクラブである浦和には、Jリーグ全体を牽引するようなパワーがあってほしいものである。

 試合は20時頃に終わり、帰りは北越谷行のシャトルバス〜東武伊勢崎線で帰宅した。まあ、雨だったということもあるけど、結構時間もかかるし面倒くさいなというのが偽らざる印象。浦和サポの皆さんは比較的近所の人が多いはずだからいいかもしれないけど、東京都民とかが代表戦を観に行って、しかも試合が21:30終了とかだったら、帰るのがかなり大変だろうな。現状では埼スタが日本最高峰のサッカー専用スタジアムだと思うけど、やはり現在の国立競技場の場所に、ウェンブリー級のサッカー専用スタジアムを建てるべきでは?

北越谷から埼スタに至る途中ののどかな風景。

 

この日の観客数は3万人あまりで、レッズの主催試合としては決して多くなかった。

 

しかし、3試合連続で雨中の写真撮影で、そろそろカメラが壊れるんじゃないだろうか。

 

試合終了! 3対1という望外の大勝利。

 

歓喜に沸く清水イレブンとサポ席。

 

 


サッカー紀行4:チョルノモーレツィ・オデッサ

No.0053 2011年6月20日

 FCチョルノモーレツィは、ウクライナの黒海沿岸の重要都市、オデッサのサッカークラブ。ウクライナ・プレミアリーグで1桁順位も多かった中堅クラブだが、2009/2010年シーズンに15位に沈み、その下の「1部リーグ」に降格してしまった。しかし、2010/2011シーズンの1部リーグで2位を確保し、プレミアへの再昇格を決めたところである。

 私がオデッサを訪れたことがあるのは、200812月の一度だけである。その際に、海岸沿いのオストラーダという別荘地・リゾート地の界隈を歩いていたところ、FCチョルノモーレツィのトレーニング施設を見かけたので、写真に収めた。同クラブはオデッサ市内に3箇所のトレーニング施設を有しているとのことで、そのうちの1つということらしい。サイズの異なる人工芝のピッチ3面が設けられており、主にユース年代の育成などに利用されているようだ。

 ネットでFCチョルノモーレツィの歴史を眺めていて面白いなと思ったのは、同クラブが1990年のソ連邦最後の「ソ連サッカー協会杯」のタイトルを獲得しており(1991年の同大会はソ連末期の混乱で開催できなかったのであろう)、なおかつ1992年のウクライナ独立後初の「ウクライナ杯」のチャンピオンに輝いていることである。ソ連サッカーの解体史を象徴する存在と言えるかもしれない。

 FCチョルノモーレツィでは、同名の「チョルノモーレツィ・スタジアム」を本拠地として使用してきた(市中心の公園のなかにある由)。オデッサは当初、ユーロ2012の予備都市とされていたので、チョルノモーレツィ・スタジアムは2008年でいったん閉鎖され、2010年完成をめざして、収容人数を3.5万人へと大幅拡張すべく大々的な改修工事が始まった。しかし、2009年5月、オデッサが予備都市から外れてしまったため、FCチョルノモーレツィは建設スケジュールを変更し、現在は2011年9月のこけら落としをめざして建設を進めているところのようだ。

海岸沿いのリゾート地オストラーダにあるトレーニング施設。右側の白いドームに覆われているのは、たぶんテニスコートだと思う。

 

これはシニアの皆さんかな?

 

ユースチームの練習風景。

 

 


ベラルーシはその場所にたどり着けるのか?

No.0052 2011年6月17日

 ウクライナ・ポーランド共催のユーロ2012の予選が、佳境を迎えている。個人的に、最も注目しているのが、ベラルーシだ。私の研究対象国のうち、ウクライナは開催国につき予選免除、ロシアは多少苦労はしているようだが何とか予選は突破してくれるのではないか。となると、ベラルーシが本大会出場を決めれば、東スラヴ3兄弟の揃い踏みとなる可能性が高い。ベラルーシは独立後、まだW杯およびユーロ本大会への出場がない。せっかくお隣の兄弟国で開催される大会なわけだから(ベラルーシにとってウクライナが「兄貴」であるのはもちろん、ポーランドも異母兄弟みたいなものである)、何としても初めてのビッグイベント出場を果たしてほしい。もしも、ユーロ2012で本当に東スラヴ3兄弟が揃い踏みを果たすようなことになったら、まだ未消化の勤続20年の特別休暇を利用して、現地に観戦に出かけてみようか。個人的には、そんなことを考え始めている。実現したら、一生の思い出になるだろう。

 さて、問題の予選であるが、現在のところベラルーシは、下表に見るように、グループDでフランスに次ぐ2位に着けている。さすがにフランスを抜いて首位通過というのは難しそうだが、2位を確保してのプレーオフ進出は充分に現実味を帯びている。これは千載一遇のチャンスだ。

順位 勝点 試合 得点 失点 残りの試合(Hはホーム、Aはアウェイ)
1 フランス 13 6 4 1 1 9 2 7 9/2アルバニアA 9/6ルーマニアA 10/7アルバニアH 10/11 ボスニアH
2 ベラルーシ 12 7 3 3 1 6 2 4 9/2ボスニアH 9/6ボスニアA 10/7ルーマニアA
3 ボスニア・ヘルツェゴビナ 10 6 3 1 2 8 7 1 9/2ベラルーシA 9/6ベラルーシH 10/7ルクセンブルクH 10/11フランスA
4 ルーマニア 8 6 2 2 2 8 6 2 9/2ルクセンブルクA 9/6フランスH 10/7ベラルーシH 10/11アルバニアA
5 アルバニア 8 6 2 2 2 4 6 -2 9/2フランスH 9/6ルクセンブルクA 10/7フランスA 10/11ルーマニアH
6 ルクセンブルク 1 7 0 1 6 1 13 -12 9/2ルーマニアH 9/6アルバニアH 10/7ボスニアA

 ベラルーシのここまでの戦績を振り返ると(試合は観ていないので断片的なネット情報からだけの評価だが)、とにかく7試合で2失点という堅守が光る。ラッキーだったのは、予選の初戦(2010年9月3日)で、まだW杯惨敗の傷が癒えないフランスとのアウェイ戦が組まれたことであり、そこで勝利を収めたことが大きかった。以降も強固なディフェンスを武器に勝ち点を拾ってきたが、得点力不足で引分けが多いのが悩み。敵地でルクセンブルク相手にスコアレスドローを演じ、この小国に唯一の勝ち点をプレゼントしてしまったことなどは、その典型だろう。

 直近のホーム2連戦を見ると、6月3日のフランス戦は、フリーキックが相手のオウンゴールを誘って先制したものの、直後にフランスのマルダに同点弾を許し、結局1対1の引分け。こちらのサイトで動画を見れるが、点をとってスタジアム全体が浮かれムードになったところを突かれて失点したような感じであり、これがなければフランス超えも夢ではなかっただけに、惜しいことをしたものである。続く6月7日のルクセンブルク戦は、やや手こずりながらも後半開始直後に相手ハンドでPKをもらい先制、73分に追加点を挙げて2対0で勝利した。その動画もこちらで見れるが(重い)、それにしても観客少ないなあ。6月7日といえば、こちらで紹介したように、ミンスクでガソリン値上げに抗議する自動車デモが起きた日であり、経済危機渦中のベラルーシはサッカーどころじゃないということなのかな。

 閑話休題。というわけで、ベラルーシはグループ2位に着けているものの、ボスニア、ルーマニア、アルバニアといったライバルは残り試合が1つ多く、2位争いは混沌としている。次の戦いは9月であり、表に見るようにベラルーシとボスニアがホーム&アウェイで立て続けに2試合を戦うことになっている。これが天王山だろう。もしもベラルーシがこれを1勝1引分け以上で乗り切れれば、2位確保に大きく前進する。1勝1敗だと、ボスニアの残りの対戦相手がルクセンブルクとフランスで、フランスは最終戦ではもう勝ち抜けが決まっている可能性が高いので、ボスニアが最後に連勝してベラルーシの上を行くということになりかねない。アルバニアは、フランスと2試合残っているので、常識的に言って厳しいのではないだろうか。その点、ルーマニアの存在は不気味である(個人的にはルーマニアおよびそのサッカーは大好きだが、今回ばかりはベラルーシに花を持たせてほしい)。

 ところで、現在ベラルーシ代表を指揮するのは、経験豊富なドイツ人のベルンド・シュタンゲ監督である。東ドイツ代表、ヘルタ・ベルリンなどの監督を務めたあと、一時期ウクライナで働き、その後はオマーンやイラクの代表監督も務めた。ちなみに、サッカーライターの宇都宮徹壱さんはこちらの記事で、2007年アジア杯で優勝するなどイラク・サッカーが躍進を果たすに当たっては、シュタンゲ元代表監督の果たした功績が大きかったはずという意見を披露されている。シュタンゲがベラルーシ代表監督に就任したのは2007年7月で、その下で臨んだ南アW杯予選こそ4勝・4敗・1分でグループ4位だったが、これはイングランド、ウクライナ、クロアチアがしのぎを削るグループだっただけに、やむをえないところ。2010年9月に始まった今回のユーロ予選では、非常に安定した戦い振りを見せている。

 最後に、ユーロ予選に招集されているベラルーシ代表の選手を整理しておく(名前はロシア語読み)。全部で31人で、所属クラブの地域別内訳は、西欧:3名、中東欧:2名、ロシア:11名、ウクライナ:2名、そして国内組:13名である。国内組の内訳は、BATEボリソフ:7名、ディナモ・ミンスク:4名、その他:2名となっている。

GK

Yu.ジェヴノフ:5試合:ゼニト・サンクトペテルブルグ

S.ヴェレムコ:2試合:セヴァストポリ

A.アメリチェンコ:0試合:ロコモチヴ・モスクワ

A.ゴメリコ:0試合:ロコモチヴ・モスクワ

DF

S.オメリヤンチューク:7試合:テレク・グロズヌィ

I.シトフ:7試合:BATEボリソフ

A.マルティノヴィチ:6試合:クラスノダル

A.ユレヴィチ:4試合:BATEボリソフ

D.モロシ:3試合:クルィリヤ・ソヴェトフ・サマラ

M.ボルダチョフ:2試合:BATEボリソフ

D.ヴェルホフツォフ:2試合:ナフタン・ノヴォポロツク

S.ソスノフスキー:0試合:BATEボリソフ

E.ジェヴネロフ:0試合:ディナモ・ミンスク

MF

A.プチロ:7試合(1得点):ディナモ・ミンスク

S.キスリャク:7試合(1得点):ルビン・カザン

A.クリチー:6試合:クラスノダル

Ya.チゴレフ:6試合:トミ・トムスク

T.カラチョフ:4試合:ロストフ

S.クリヴェツ:3試合(1得点):レフ・ポズナン

A.グレブ(フレブ):2試合:バルセロナ(バーミンガムにレンタル中)

V.クトゥーゾフ:2試合:バリ

V.トルビロ:2試合:スラヴィア・プラハ

P.シトコ:1試合:シャフチョール・ソリゴルスク

A.ブィチョノク(ブィチェノクかもしれない):1試合:ディナモ・ミンスク

P.ネハイチク:0試合:BATEボリソフ

M.ジャヴネルチク:0試合:BATEボリソフ

FW

V.グレブ(フレブ):7試合:ディナモ・ミンスク

S.コルニレンコ:4試合(1得点):ブラックプール

V.ロジオノフ:4試合(1得点):BATEボリソフ

A.ヴォロンコフ:2試合:クリウバス・クリヴィーリフ

L.コヴェリ:1試合:サトゥルン・ラーメンスコエ


ロシア国民の半数は国内リーグをテレビ観戦せず

No.0051 2011年6月14日

 ロシアのサッカー・リーグについて、ちょっと面白い世論調査結果を見付けたので、紹介してみたい。ロシアの調査機関「レヴァダ・センター」が2011年5月13〜16日に全国45地域の130の居住区で18歳以上の市民1,600人を対象に実施した調査の結果であり、こちらのサイトに結果が出ている。

 「貴方はサッカー・ロシア・リーグの試合をテレビで観るか?」と問うたところ、回答は下図のように分かれた。なお、同じ形式で、「ヨーロッパのカップ戦(つまりチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグ)の試合をテレビで観るか?」という設問もあるので、両者の答えを対比しつつ示すことにしたい。

 

 これに見るように、国内リーグ、ヨーロッパのカップ戦とも、テレビで観るという向きが約半分、まったく観ないという向きが約半分であるが、頻度はやや国内リーグの方が上という結果が出ている。しかし、そもそもヨーロッパのカップ戦は「毎週」あるわけではないので、選好というよりも試合自体の頻度でこういう数字になっているのかもしれない。

 全体的なテレビ観戦頻度については、まあこんなもんかな。一口にロシアと言ってもいささか広く、自分の地域や街にトップリーグのクラブがないという人も多いだろうし、テレビ中継だってそんなに多いとは思わない。そもそもロシア国民って、必ずしもこぞってサッカーが大好きというわけではない印象を受けている。上図の数字は、西欧と比べて、あるいは日本と比べてどうなのかというのも気になるが、ちょっと調べている余裕はない。

 次に、「貴方は、ロシア・リーグを秋春制に移行させる決定をどう評価するか?」という設問では、回答が以下のように分かれた。

完全に肯定的:6%

どちらかというと肯定的:24%

どちらかというと否定的:9%

完全に否定的:3%

回答困難:58%

 多数派は無関心なわけだが、意見を持っている人の間では、肯定的な受け止め方が多いようだ。日本では、雪や寒さが秋春制移行の最大の障害になっているわけだが、寒さでははるかに上を行くロシアで(冬季中断があるとはいえ)、秋春制アレルギーがあまり見られないのが興味深い。

 最後に、「ロシア・サッカー・リーグのチームのなかで、貴方が一番好きなのはどこか?」と尋ねたところ、下図のような結果となった。単位はパーセントで、サッカーボール1個が1%を意味している(笑)。図に掲げた以外のチームでは、クバン、ロストフ、クラスノダル、テレク、トミ、スパルタク・ナリチクがそれぞれ1%未満の得票で、「回答困難」が46%だった。

 


サッカー紀行3:ルビン・カザン

No.0050 2011年6月12日

 昨年の11月、ロシア・タタルスタン共和国の首都カザンに出張で出かけてきた。カザンと言えば、FCルビン・カザンがこのところヨーロッパのカップ戦の常連になっているので、日本のサッカーファンにも馴染みのある都市になりつつあるだろう。私のカザン滞在時には現地で試合がなかったが、ホームスタジアムである「ツェントラーリヌィ(中央の意味)」は文字通り街のど真ん中にあるので、その様子だけ眺めてきた。

 このツェントラーリヌィ・スタジアム、街の真ん中にあってアクセスが便利というだけでなく、ユネスコの世界文化遺産にも登録されるカザン・クレムリンのすぐ隣にある。タタルスタンの市民が高台のクレムリンからスタジアムを見下せば、否が応でも郷土愛とクラブへの愛着を感じずにはいられないだろう。素晴らしい立地である。

 しかし、ルビン側はピッチの管理など、ツェントラーリヌィの質に不満をもっているようであり、郊外に新スタジアムを建設することを決めた。現在のツェントラーリヌィが3万人収容であるのに対し、新スタジアムは4.5万人収容のサッカー専用スタジアムで、デザインはイングランドのウェンブリーやエミレーツ・スタジアムも手掛けたPopulos社が担当。すでに建設が始まっており、新スタジアムはカザンで2013年に開催されるユニバーシアードで使用されるほか、2018年W杯ロシア大会の会場の1つともなる。

 新スタジアムは、観客の観やすさにも配慮した最高水準の施設になるようだ。しかし、ツェントラーリヌィの抜群の立地は捨てがたいものだし、4.5万人という新スタジアムの収容能力はルビンの集客実績から考えて(No.0025の記事参照)過大とも思われ、果たしてどうなのかという気がしないでもない。

現在のツェントラーリヌィスタジアムの外観。手前はチャンピオンズリーグの予定を知らせる広告。

それにしても、我が街にUEFAチャンピオンズリーグが来るとは、うらやましい話である。

 

スタジアムに併設されているファンショップ。実は、現地ではアイスホッケーのチーム「アク・バルス」がルビンに勝るとも劣らない人気を誇っているらしく、このファンショップも両者共同のものになっているようだ。残念ながら、私が訪ねた当日はショップの休業日で、中に入ることはできなかった。ただ、ルビンやアク・バルスのグッズなどは、街中でも買うことができる。

 

これは、現ツェントラーリヌィ・スタジアムの前の広場なのだが、何と自動車学校になっている。試合のある時などは、学校はどうしているのだろうか? まあ、こんな具合に、旧ソ連から引き継いだ施設というのは、何かと変な利害関係や既成事実のしがらみがある場合が多く、だからこそ郊外の更地に新スタジアムを建ててしまおうということになるのかもしれない。

 

チャンピオンズリーグの対コペンハーゲン戦の一コマ。スカパーより。

説明不要。子供、かわいい。

 

ルビン躍進の立役者、ベルディエフ監督(2001年就任)。敬虔なムスリムとのことで、数珠とコーランを手放さない。実はタタール人ではないそうで、アシハバード生まれのトルクメン人ということらしい。

 

これが建設中の新スタジアムのイメージ図。これを見る限り、確かに素晴らしいサッカー専用スタジアムが完成するようだ。

実は私はちょっと勘違いをしていて、ユニバーシアード用に建設する陸上スタジアムをルビンが今後ホームスタジアムとして使用するのかと思っていたのだが、そうではなく、ルビンが建設するサッカー専用スタジアムをユニバーシアードのサッカー競技用に使用し、それがW杯会場にもなる、ということらしい。

 

 


ロシア、パヴリュチェンコのハットでアルメニアを一蹴

No.0049 2011年6月5日

 「2012ユーロ/2018W杯の広場」と題しながら、それに関連した記事がほとんど書けていない。まあ、何しろ、日本にいると肝心のロシアやウクライナの試合を観戦できる機会がほとんどないので(ネットとかで観るウマい方法でもあるのかな?)、なかなか記事を書くモードにならない。

 でも、6月4日にはユーロの予選があって、ロシアが勝利しているので、ちょっとだけでも触れておきたい。サンクトペテルブルグにおいて開催されたアルメニア相手の一戦だった。こちらのサイトでゴールのシーンを動画で見ることができる。試合は、前半25分にアルメニアに先制を許してしまったが、動画を見る限りロシアが前がかりになったところをカウンターで突かれたようだ。その直後、ロシアFWパヴリュチェンコが同点弾を放ち、59分にはやはりパヴリュチェンコが逆転のゴールを奪った。どちらも、左右に揺さぶり、完全に崩した形のようだ。73分には微妙な判定ながらロシアがPKを得て、これをパヴリュチェンコが決めてハットトリックを達成。先制を許す難しい展開となったが、終始試合を支配していたのはロシアのようで、終わってみれば3対1の完勝だった。ちなみに、イングランド・トッテナム所属のパヴリュチェンコ、実はこの試合ではロシア代表の大黒柱ケルジャコフの怪我により、直前になって出番が回ってきたらしい。

 グループBは、6試合を終えた段階で、アイルランド、ロシア、スロバキアが勝ち点13で並ぶという激しい争いとなっており、ロシアにとっては9月6日のモスクワにおけるアイルランド戦、10月7日のアウェイのスロバキア戦が最大の山場となる。

グループB順位表 (2011年6月5日現在)

順位

試合数 勝ち 分け 負け 得点 失点 得失点差 勝ち点
1  アイルランド 6 4 1 1 11 6 5 13
2  ロシア 6 4 1 1 9 4 5 13
3  スロバキア 6 4 1 1 6 4 2 13
4  アルメニア 6 2 2 2 10 7 3 8
5  マケドニア 6 1 1 4 5 8 -3 4
6  アンドラ 6 0 0 6 1 13 -12 0

 


日本平初見参

No.0048 2011年6月5日

 またまた誰も興味を持てないような話で恐縮である。1週間前に11年振りにJリーグを生観戦したのに続いて、5月28日にアウトソーシングスタジアム日本平で開催されたJ1第13節、清水エスパルスVSジュビロ磐田戦をスタジアムで観戦してきた。個人的に、清水エスパルスのホームスタジアムである日本平に出向くのは、初めてのことである。前から一度行ってみたいとは思っていたのだが、久し振りに静岡に帰省したついでに、ついにそれを実現したという次第である。ここでは、@アウスタ日本平のアクセス・アメニティ、A清水VS磐田戦の試合評、B清水と磐田のサポーター同士の関係、という3つの点に絞って論評してみたい。

 アウスタ日本平 ある程度予想はしていたが、やはりアクセスは良くない。清水の中心からだいぶ離れた、日本平の麓にあるので、一般的にはJR清水駅や静岡駅からシャトルバスで向かうことになる。スタジアム周辺は交通規制されていて、マイカーで行くと、ちょっと離れた駐車場に車を止めて、そこから坂道をかなり歩かなければならない。しかも、アウスタは屋根で覆われた座席が少なく、5月28日は台風接近に伴いかなりの雨が降っていたので、多くの観客が屋根下の座席を確保しようと躍起になって、試合開始3時間くらい前から長い行列ができていた。まあ、たまたま雨の日で印象が悪かったのかもしれないが、正直アクセス・アメニティ面で快適とは言いがたいというのが偽らざる感想だ。

 私は西欧に関してはイングランドのいくつかのスタジアムに行ったことがある程度だが、アーセナルでもチェルシーでもマンUでも、地下鉄など普通の公共交通手段でスタジアムに簡単にアクセスできる点に感心させられた(ただし、アーセナルは旧スタジアム時代の話で、新スタジアムについては知らない)。また、私の印象では、ロシア・ウクライナのサッカースタジアムも、だいたい街の真ん中にあるものだと思う(ただし、モスクワは別)。日本の場合、サッカーは新しい文化なので、スタジアムが郊外に立地するのは、ある程度やむをえない。しかし、私などはどうしても、いかにもゼネコンが建てましたといった感じの郊外施設よりも、ヨーロッパのような都市の市民生活のなかに溶け込んだスタジアムに憧れてしまう。

 アウスタは、緑に包まれた環境で、晴れた日には清水港はもとより、富士山もくっきりと見える。スタジアム自体にも風情があり、ここが好きだという人も少なくないだろう。アウェイのお客さんが観光客気分でたまに訪れたりするには、かえって良いかもしれない。でも、試合ごとにスタジアムに足を運ぶサポーターに、数十分の追加的時間、数百円の追加的コスト(バス代)を毎回強いるというのは、やはり酷ではないか。静岡がサッカー王国を自任するなら、もっとアスセスの良い場所に新スタジアムを建設するか、あるいは静鉄電車をアウスタまで延伸するくらいのことはしてほしいものだ(無理を承知で一応言ってみる)。

 スコアレスドロー さて、5月28日の静岡ダービーマッチは、結果的にはスコアレスドローだった。清水も磐田もともに前節の試合を4対1で勝っており、撃ち合いも予想されたこのゲームだったが、両者無得点に終わっただけでなく、決定的なシュートシーンもごく少なかった。

 清水の側から見ると、前節大勝したとはいえ、チームはまだまだ再建途上。守備はだいぶ落ち着いてできるようになり、それのみならずこの試合ではボスナー、岩下の両CBが再三相手のパスをインターセプトするなど、アグレッシブさも出てきた。一見すると、チームとしてボールを保持し組み立てることも、できているかのようである。しかし、ビルドアップがサイドバックに偏重しがちな傾向が、やはり目に付く。せっかくMFが前を向いてボールをもっていて、スタンドから見ていても前にパスコースがあるのに、なぜか前を突かず、横にいるSBにボールを渡してしまうことが多すぎる。そこで攻撃がワンテンポ遅れるので、最終的に相手ゴール前に運んでも、良い形のシュートは撃てない。この磐田戦では、FW大前元紀が怪我のためベンチスタート、代わってFW伊藤翔が先発したが、またも消極的なプレーやミスを繰り返し、チームにエネルギーを与えられなかった(55分に大前に交代)。ワントップ気味のFW高原の存在は相変わらず効いていたと思うが、相手DF加賀健一のファイル覚悟の密着マークに遭い、決定的な仕事はさせてもらえなかった。というわけで、清水が得点をできなかったことについては、ある程度説明がつく。

 謎なのは、磐田である。チームは絶好調だったはずなのに、結局この試合シュートは前半2本、後半はゼロに終わった。まあ、この試合では、終始清水側が主導権を握り、磐田にサッカーをさせなかったということなのかもしれないが。しかし、観ていて気になったのは、GKの川口能活が前半から、たっぷり時間をかけてゴールキックを蹴っていたことである。どうもチーム全体に最初から「引き分けでOK」という雰囲気が漂っていた。今の清水なんて、そんなに恐るるに足る相手じゃないのに。磐田が、たとえアウェーでも、「絶対に勝ち点3を奪う」という気迫で来てくれたら、もっとスペクタクルな試合になったのではないかと、惜しまれる。主審が早い段階で川口に注意を与えていたら、違っていたかもしれない。

 清水にとっての最大のチャンスは、後半の最後の方で、ペナ内でパスを受けたFW大前が放ったシュートが、ゴールライン上の相手MF那須大亮にクリアされたシーンだった。明らかに那須の手に当たっており、一発レッドおよびPKのはずだったが、主審の吉田寿光は笛を吹かなかった。もっとも、その少し前には、清水DF太田の自陣でのクリアが、なぜかゴール前にいた相手FW前田への絶好のパスとなって抜け出したのだが、前田の胸トラップがハンドと判定されたシーンがあった(スローで見ると実際はハンドではなかった模様)。その判定がなければ失点していた可能性が高く、おあいこといったところか。そもそも、大前のシュートシーンのような決定的な場面を数多く作り出さなければ、得点はおぼつかない。

 静岡ダービー 今日の日本で、最も熾烈なダービーマッチと言えば、やはり清水VS磐田の静岡ダービーだろう。ガンバVSセレッソという大阪ダービーもあるが、セレッソがJ1にいなかった年も多いので、対戦の積み重ねという点でそれほど厚みがない。浦和VS大宮は、クラブの規模が違いすぎて、がっぷり四つという感じではない。やはり、高いレベルでしのぎを削り続けてきたという意味で、静岡ダービーの右に出るものはないだろう。

 ちなみに、静岡朝日テレビで放送されている「スポーツパラダイス(スポパラ)」という地方版のスポーツニュース番組があって、静岡ダービー前日の5月27日に両チームOBのノボリとナナミが出演して、直前予想を披露していた(写真参照)。ダービーマッチが、県を挙げての一大イベントとなっていることをうかがわせる。だが、残念ながら、5月28日のダービー当日は悪天候で、入場者数は12,678人にとどまり、聞くところによるとリーグ戦のダービー史上最低にとどまったらしい。

 スタンドで観戦した印象から言うと、両チームのサポーターはそれほど激しく憎悪しあっているという雰囲気ではない。むろん磐田サポーターは基本的にはアウェイスタンドで応援しているわけであるが、必ずしも緩衝地帯を設けてガードマン多数が厳重警戒、という感じではない。一般席でオレンジ色とサックスブルーが交じり合ったようなエリアもあり、そんなに殺伐とした感じではない。もっと、セルビア人とクロアチア人みたいに一触即発という雰囲気なのかな(まさか)などと妄想していたが、思っていたよりも平和だった。

 しかし、広く報道されているのでご存じの方も多いと思うが、この試合で事件が起きたのである。試合開始直前、磐田のサポーター席で、「ゴトビへ 核兵器作るのやめろ」という横断幕が掲げられたのだった(ニュースサイトから拝借した右写真参照)。それに怒った清水のサポーターが磐田サポ・エリアに侵入し、もみ合いになったという。私自身は、ホーム側の観客席から見ていて、多くの人が磐田サポ席の方を見て何やら歓声を上げているので、「何かあったのかな?」と思った程度で、詳細は後から知った。現場では、それほど深刻な事件が起きたという雰囲気はなかった。

 むろん、本件は言語道断であるが、個人的には悔しいという感情はまったくない。むしろ、アジアカップの時の韓国代表キ・ソンヨンの「猿真似パフォーマンス」の時と同じように、あまりに的外れで愚かな行為ゆえに、憐みの念を禁じ得ない。ゴトビ=イラン=核兵器という連想ゲームは、小学校低学年レベルであろう。ゴトビ監督の一家はイラン革命後に米国に亡命したわけであり、その後彼がイラン代表の監督を務める縁こそあったものの、イランの国家体制と何の関係もないことは明白である。たとえば、北朝鮮による拉致問題や核開発を批判する横断幕が掲げられたら(むろんサッカーの場でそんなことをしては駄目だが)、北朝鮮代表で愛国者のチョン・テセが動揺するということはあるかもしれない。しかし、ゴトビ監督に向けてイランの核開発を揶揄したところで、あまりの脈絡のなさゆえに、本人もキョトンという感じで、とくに怒りも覚えないだろう。本件を行ったのは未成年2名だったとされるが、このように例外的に愚かな者の的外れなパフォーマンスにより、ジュビロというクラブとそのサポーター全体のイメージが損なわれてしまいかねず、ジュビロの皆さんにはお気の毒としか申し上げようがない。ジュビロ球団もすでに本件に関する処分を決定していることだし、清水サポーターには間違っても同じような低レベルの報復だけはしないでほしいものである。

 というわけで、私のアウスタ初見参、ダービー初体験は、天候も、入場者数も、試合内容(ゴール数)も、そして観客席での出来事も、あらゆる面でダービー史上最低のゲームだったようだ。まあ、それなりに興味深くはあったし、次に訪れる機会があれば、もっと良いものを見せてもらえると信じたい。

  ホームサポーター席。上の掲示板はオーロラビジョンっぽいが、実際には何も映らず、「アウトソーシングスタジアム」という文字がずっと出ている。オーロラビジョンは反対側にあり、ホームのサポーターが見やすいようになっている。

 試合前のジュビロ・サポ席の様子。この時点では「核兵器」云々の横断幕は見えなかった。

 試合前夜の「スポパラ」における。ノボリとナナミの直前予想。解説もOBによるダービー。


11年振りのJリーグ生観戦

No.0047 2011年5月26日

 ブログの方にもちらっと書いたけど、5月22日(日)にNACK5スタジアム大宮で行われたJ1第12節、大宮アルディージャVS清水エスパルス戦をスタジアムで生観戦してきた。2012ユーロとも2018W杯とも、もちろん何の関係もないけれど(今のエスパルスの若手が、日本代表として2018年にロシアのピッチに立てたりすると良いが…)、まあサッカーであることに違いはないので、このコーナーに記事を書かせていただく。

 私、清水エスパルス・サポーターを自任はしているが、実はスタジアムに足を運ぶことはほとんどなく、もっぱらテレビ観戦だ。普通サポーターと言ったら、試合会場でチャントを歌ったり、敵にブーイングを浴びせたりしている人たちのことを指すと思うが。私の場合は、出不精だし、テレビで観た方が良く見えるような気がして。もっぱらテレビ画面に念を送っているだけの、エア・サポーターのようなものである。最後にJリーグの観戦に訪れたのは、2000年4月、ベラルーシから一時帰国した折に観に行った、柏レイソルVS横浜Fマリノス戦だった。エスパルスの試合となるとさらに遡り、今調べたら、1997年8月16日が最後だった。当時、大田区に住んでおり、等々力競技場が多摩川を挟んですぐのところにあったので、家から徒歩でヴェルディ川崎(!)VS清水エスパルス戦を観に行ったのだった。

 というわけで、実に11年振りの、Jリーグ生観戦と相成ったわけである(ブログに「12年振り」と書いたのは、よく数えたら誤りだった)。自宅テレビ観戦派の私が、なぜ久し振りにJリーグの会場に行ってみる気になったかというと……。まあ、一つにはこのコーナーを立ち上げて、もっと積極的にサッカーに接するようにしようと思うようになって、2月にイスタンブールでベシクタシュVSディナモ・キエフ戦を観たのも楽しかったから、そのうち我がエスパルスの試合にも行ってみようかという気分になったことがある。しかし、より直接的な動機は、今シーズン序盤の清水のお粗末な戦いぶりだった。ブログの方で散々グチっていたように、ビルドアップのルートがCB→SBとワンパターン、MFがパス回しに顔を出さない、敵にプレッシャーをかけられてバックパス(酷い時にはそのままボールを失って失点)、苦し紛れに最後尾からのロングキック、いとも簡単に跳ね返される、ということの繰り返し。しかしテレビでは、最終ラインの連中のぎこちない球回しの様子しか画面に映らない。後ろの人達が切羽詰っている時に、一体真ん中の連中や前の連中はどこで何をしているのか? そのことを自分の目で確かめたいと思い、そのためにはやはりテレビではなく会場で観なければだめであろうと考えた次第。応援とか楽しみに行くというよりも、不具合を点検しに行く、みたいな。あと、これもブログで何度か触れたように、最近新しいカメラ(ミラーレス一眼)を買ったのだが、あまり撮影の機会もなかったので、ちょっとお出かけをして写真を存分に撮ってみたいという動機もあった。

 そんなこんなで、試合数日前になって居ても立ってもいられなくなり、ついオンラインでチケットを買ってしまったのだけれど、買ったあとに、激しく後悔した。天気予報をチェックしたら、その日が雨だったのである。そして、試合当日の日曜日、昼までは天気は持ちこたえていたものの、会場の大宮に移動している最中に案の定雨が降り始めて、大宮駅に着いた頃には土砂降りとなっていた。駅から会場まで歩くだけで、濡れ鼠になって。しかも、スタジアムに入って、席に着いたら、係員から意外なことを言われた。傘をさしての観戦は禁止というのである。私も、周りの人の視界を遮ってはいけないから、あえて最後尾の列に座って傘をさしていたのだが、とにかく無条件に禁止なのだという。これは完全な盲点だった。「売店でポンチョを売ってます」とか係員に言われたけど、いくら色が同じとはいえ、大宮アルディージャのポンチョを着る趣味は私にはない。そんなわけで、雨に打たれ、ブルブル震えながらの観戦となった。まさか今日の試合でエスパルスが勝てるはずもないし、この悪天候ではサッカーの内容を吟味するのもままならないだろうし、写真撮影にとっても厳しいコンディション。これは最悪の1日になるなと、そんな覚悟を決めた。

 しかし、試合前の選手のアップの様子を見ていると、雨にもかかわらず、そんなにやりにくくもなさそうだ。とにかくNACK5スタジアムのピッチコンディションが素晴らしく、大雨が降った割には、水たまりもなければ、選手が滑るような様子もない。また、適正規模のサッカー専用スタジアムなだけに、本当に選手がすぐそばに見える。これはすごい臨場感だ。遠く静岡から駆け付けたであろう清水サポーターたちが応援歌を熱唱するなか、私もいつしか高揚感を覚えていた。

 そして、試合開始のホイッスルが吹かれると……、あれ? ビルドアップの不具合を点検しに来たつもりが、そんなに悪くない。前節までワンボランチを務めていた岩下敬輔がこの日は最終ラインに下がり、代わって村松大輔がボランチに入っている。今季湘南から新加入した松村も、本来はCBらしいが、ポジショニングやパス出しが的確で、これでだいぶ全体が落ち着いている。攻撃的MFのアレックスおよび小野伸二も、それをこまめにサポート。最終的にはやはりサイド攻撃が武器になるが、この大宮戦ではMFを経由してここぞという場面でサイドに展開するようになったので、チャンスにつながる数が格段に増えた。そして、何と言っても、1トップに起用された高原直泰の存在感が効いている(厳密には両ウイングも含めた3トップということらしいが、私は実質1トップだと理解している)。野球で「センターライン」がしっかりしたチームが強いというのは常識だが、清水もボランチの村松とワントップの高原というセンターラインが安定したことで、だいぶ落ち着きを得ることができた。

 で、試合は、序盤はやや大宮が押し気味だったものの、それを耐えた清水が前半39分に先取点をゲット。前節、お粗末なミスをして途中交代を命じられたDF辻尾真二が粘って奪ったボールを、最後はMFアレックスがボレーで押し込んだ。試合内容が改善したとはいえ、先に失点をしていたら、また悪循環に陥りかねなかっただけに、大きな先制点だった。そして、後半には3得点を追加し、ロスタイムに1失点こそしたものの、4対1で快勝を収めた。そもそも、先制点は今季初めて(セットプレー、パワープレー、相手のミスじゃなく)普通の流れのなかから奪った得点らしい得点だったし、結果も初めて勝利らしい勝利となった。4点目は辻尾のJリーグ初ゴールであり、それがJ1通算1万5,000ゴールというオマケまでついた。

 印象的だったのは、昨年までの清水と違い、リードを奪った後も、あくまでも追加点を狙っていたことであり、これはまさにゴトビイズムの真骨頂であろう。そして、1トップの高原のポストプレーが効いて、決定的チャンスを数多く作り出し、それが大量点につながった。高原自身、50分、59分と2得点を挙げ、自信たっぷりの立ち居振る舞いも含め、完全復活を印象付けた。

 対照的だったのが、前節まで1トップとして起用されていたFW伊藤翔。この試合は、すでに大勢が決した73分に途中投入されたが、決定的なヘッドを外すなど、またしても初ゴールはお預け。サポーターの間から、「あいつ、一生点取れないよ」という声が漏れた。とにかく、「ここで外したらどうしよう」とか、「ここでパス出しとかないと後で何か言われるかな」とか、余計なことばっかり考えて、迷いながらプレーしていることが見え見え。「気にしすぎストライカー」と命名したくなった。それに比べて、同じ若手でも、FW高木俊幸のプレーは外連味がなくて、観ていて気持ちがよかった。

 というわけで、私としては「どこが悪いのかを見極める」というのが主目的の観戦で、「負けるのは仕方がない。今後につながるような光明が一筋でも見えれば、それでいい」という意識でスタジアムに赴いたのだが。見違えるような試合内容に、4対1というまさかの圧勝。いつしか雨も上がり、試合開始前とは打って変わって、実に晴れやかな気分となった。もしも、このメンバーで、この大宮戦と同じような戦いを1年続けられたら、上位進出も不可能ではないかもしれないと、まことに現金ながら、そんな風に感じた。もちろん、1試合勝っただけでぬか喜びしてはいけないし、怪我とか夏場の連戦のことを考えれば、選手層の薄さが気がかりなのだが。

 いずれにしても、これからはなるべく機会を見付けて、スタジアムでJリーグの試合を観戦するようにしたい。とくに、NACK5スタジアムが臨場感抜群の、大変に素晴らしい競技場だということが分かったので、毎年来ようかと思っている。

 試合前の練習の様子。しかし、ミラーレス一眼、さすがに良く撮れるなあ。スポーツ選手の動きを、オートモードで適当に撮ってるだけなのに、全然ブレない。

 一眼レフを買ったら、こういう背景ボケ味の写真を撮ってみたかったと、そういうことです。

 ち、近い。選手がすぐそこに。

 大活躍だった19番、高原。背景は大宮さんのサポ席。

 勝利の余韻に酔う。嗚呼、有難や。

 


BATEボリソフの月刊誌

No.0046 2011年5月21日

 時間がなくて、小ネタしか書けないが、原発の記事ばかり書いているのも気が滅入るので(笑)、ちょっとだけでも。

 これも、2月にベラルーシに出張に行った際に買ったもの。キオスクで売っていた、BATEボリソフの月刊誌。わずか20ページほどの雑誌ではあるが、1つのクラブだけを対象に月刊誌が出ているというのは大したものであり、さすがベラルーシ随一の強豪という気がする。発行部数は2,500部とある。創刊されたのは2010年4月とごく最近らしい。私が買った2011年1月号はベラルーシにとってのオフシーズンの号なので、2010年シーズンの選手の評点、新コーチのインタビュー、新守護神インタビュー、ファンクラブ会長インタビュー、1998年シーズンの回顧、ヨーロッパリーグのパリサンジェルマン戦の予習、といったところが主な内容。


スパルタク・モスクワの凋落

No.0045 2011年5月7日

 イーゴリ・ラビネル著『スパルタクはいかにして駄目にされたか(偉大なクラブ没落の衝撃事実)』(セクレート・フィルムィ社、2006年、モスクワ)という本である。数年前、ロシア出張時に買い、その出張の移動中などに読んでみたが、最初の2章くらいまでしか読めなかった。本当はこういうのをバリバリ読んで、このコーナーで紹介できたりしたらいいのだが、時間や能力の不足で、なかなかできない。

 最初の方を読んだ限り、本の内容は、スパルタク・モスクワの熱狂的なファンである著者(『スポルト・エクスプレス』紙の人気記者)が、その凋落を嘆き、関係幹部を糾弾する、というものである。とくに、かつて監督のみならず会長まで務めたオレグ・ロマンツェフに、厳しい批判を浴びせているようだ。

 確かに、私がベラルーシに駐在して、テレビでロシアのサッカーをよく観ていた90年代の末から2000年代初頭にかけては、ロシアのサッカーといえばまずスパルタクだった。記録を見ると、1992年から2001年までのロシア・プレミアリーグで、スパルタクは10年間で9度もの優勝を果たしている(下図参照)。ロマンツェフはロシア代表監督も兼務し、2002年にW杯で日本とロシアが戦った時も彼が監督だったわけで、それだけスパルタクはロシアサッカーを代表する存在だったということだろう。

 しかし、2001年を最後にスパルタクはプレミアの優勝から遠ざかっている。確かに2位という年も多いのだが、8位や10位といった年もあり、安定していない。最近ではルビン・カザン、ゼニト・サンクトペテルブルグ、CSKAモスクワなどに水をあけられている印象が強い。No.0042の記事に書いたとおり、先日UEFAヨーロッパリーグで久し振りに観たCSKAは、外国人ばかりの全然印象の異なるチームになっていた。


五輪とW杯は元がとれる?(ロシア世論調査結果)

No.0044 2011年5月6日

 こちらのサイトに、4月15〜18日にロシアの「レヴァダ・センター」が実施した全国世論調査の結果が出ている。ともにロシアで開催される2014年ソチ冬季オリンピックと、2018年FIFAワールドカップについて、国民の意識を調査したものだ。

 これによれば、「現在ロシアが準備作業を行っている2014年ソチ五輪や2018年W杯といったイメージプロジェクトへの支出は、経済的に元がとれると思うか?」と回答者に尋ねたところ、明確にイエス:15%、どちらかと言えばイエス:34%、どちらかと言えばノー:25%、明確にノー:11%、回答困難:16%という結果になった。

 「2014年ソチ五輪や2018年W杯といったイメージプロジェクトに、ロシアが本格的な投資を行うことは必要と思うか?」という問いには、明確にイエス:16%、どちらかと言うとイエス:36%、どちらかと言うとノー:22%、明確にノー:10、回答困難:16%と、ほぼ同じような結果となった。投資に前向きな回答者の比率は、首都住民、富裕層、39歳以下の回答者の間で高かった。


ロシア・プレミアリーグは何が遅れているのか?

No.0043 2011年4月25日

 2月にベラルーシに出張に行った際に、街角のキオスクで『ソヴィエツキー・スポルト・フットボール』誌2011年2月8-14日号(No.5)というのを見かけたので、買ってみた。買った場所はベラルーシでも、ロシアの雑誌であり、ロシアのスポーツ紙『ソヴィエツキー・スポルト』のサッカー専用雑誌ということらしい(以下ではSSFと略記する)。表紙を見たら、「我々のプレミアリーグは、イングランドのそれから、どんな点で遅れているのか?」という特集が目に止まり、これはなかなか自虐的で面白そうな企画だと思い、買ってみたのである。今般、ようやくその記事を読む時間ができたので、内容を紹介したい。

 この特集は、イングランド、スペイン、イタリア、ドイツ、フランスをヨーロッパの「5大リーグ」と位置付けた上で、それら5大リーグとロシア・プレミアリーグをデータ面で比較し、また関係者のコメントも交えて、考察を試みている(以下、データ類はすべて、各国のトップリーグについてのものと思われる)。

 まず重要な、各国リーグの1試合当たり平均観客動員数を見ると、過去3シーズンの結果は図1のようになっている。ご覧のように、ロシアは5大リーグに遠く及ばないだけでなく、減少しつつある。ただし、減少しているのは他の国も同じで、リーマン・ショック以降の不況が原因なのかもしれない。ちなみに、SSF誌によれば、1試合当たり入場者数ではスコットランドおよびオランダの方がロシアより上であり、ロシアは欧州で8位なのだという。さらに、ベルギー、スイスが追い上げていて、いずれ抜かれる可能性もあるとのこと。かつてソ連時代の1987年に1試合当たり入場者数は26,607人だったというから、ロシアは往時から半減した形だ。また、収容率(平均入場者数/ホームスタジアム収容人数)という観点で見ても、イングランド92%、オランダ90%、ドイツ88%、スペイン73%、フランス69%、イタリア61%と比べて、ロシアは50%と低く、欧州で13〜14位程度とされている。これについて、往年の名選手Ye.ロフチェフ氏は「観客動員は国民の豊かさ指数。ロシアの年金額では、スタジアムで高齢者を見かけることはまずない」と指摘。

 次に、トップリーグの各クラブが保有している選手の価値(Value)を合計し、1クラブ当たりの平均値を出して、それを比較したのが図2である。ただ、この場合のValueというのが、クラブが実際に支払っている年俸なのか、それとも客観的な市場価値的なものなのかというのは、私にはよく分からなかった。それから、SSF誌ではこちらのサイトに依拠してこのデータを示しているとのことで、ロシアに関しては1クラブ当たり49,035という数字を掲げているのだが、私が同サイトを閲覧してみたところロシアの数字が新しくなっているようなので、図2ではロシアの数字のみ最新値に差し替えている。また、同サイトにはロシア・プレミアリーグの全クラブのプレーヤー総額が出ていたので(というか、それを平均して48,573という数字を出したのだが)、私独自で図3を作成してみた。

 

 図2・図3を見てみると、ロシアのクラブが抱えているプレーヤーが総じて安いのは、一目瞭然である。ただ、ロシアはクラブ間の貧富の格差が激しく、ゼニトやCSKAあたりは西欧の平均値には達している。ちなみに、ここにある数字がいわゆる年俸総額を意味するのかどうか、私には分からないが、仮にそうだとして、Jリーグと比べてみようか。聞くところによると、年俸総額はざっくり言って、浦和レッズで10億円、清水エスパルスで5億円程度らしい。ということは、レッズはディナモ・モスクワくらい、エスパルスはアンジ・マハチカラくらい(涙)ということになるのだろうか。

 サッカー・クラブの経営の質を示す指標として、総支出に占める人件費の割合というのが重視されているらしい。これは家計におけるエンゲル係数のようなもので、それが高いほどカツカツの生活で火の車、という意味合いになる。で、図4を見ると、ロシアのクラブ経営が不健全なことは、明白である。UEFAではプラティニ会長の主導の下、クラブに「経営のフェアプレー」を求めていて、黒字経営を達成しないと2015年以降はヨーロッパのカップ戦に出場できなくなるという。

 図5は、各国リーグの外国人選手比率を見たものだ。しかし、こればかりは、高いのと、低いのと、どちらが進歩的なのかは、評価が分かれるところ。各国リーグの競技レベルや豊かさだけでなく、レギュレーション、旧宗主国・植民地関係、言語・文化など多様な要因が絡んでおり、一概には言えない。ロシアの場合は、イングランドのように各国の代表クラスが集うというよりは、手頃なNIS諸国の選手とかが多そうだ。

 最後に図6は、国際サッカー歴史・統計連盟(IFFHS)というところが発表している各国国内リーグの世界ランキングの、最新2010年版を見たものだ。SSF誌には14位のロシアまでしか出ていなかったので、同連盟のサイトをチェックして、30位まで下に伸ばした。様々な国際大会の成績などをポイント化して集計したものらしい。ちなみに、具体的なクラブ別の世界ランキング2001〜2010年版というのもこちらに出ていて、うちの清水エスパルスは世界306位だって。ルビン・カザンが288位だから、そんなに変わらないじゃん。うちもバルサに勝てるか?

 閑話休題。で、こういう数字を踏まえたうえで、結局のところ、ロシア・プレミアリーグはヨーロッパ5大リーグに、どんな点で引けをとっているのか? これに関し、SSF誌では、何人かのプレーヤーに意見を聞いているので、その要旨を以下で紹介する。

 まず、シュツットガルトでプレーするP.ポグレブニャク。「競技の全体的なレベルでは、ブンデスとロシアで大きな差はない。ドイツの方が多少強くて速いくらいか。ロシアが明らかに劣っているのは、インフラと、サッカーに対する手を抜かない態度。ドイツで何より驚いたのは、試合の劇場的な雰囲気で、デビュー戦の感激は忘れられない。」

 かつてゼニト・サンクトペテルブルグでプレーし、現在はモナコ所属のS.ピュイグルニエ。「フランスとロシアで大きな差はない。ロシアのトップクラブの方が選手のテクニックは上かもしれないが、フランスの方がよりコンパクト。フランスでは、ロシアのように攻撃一辺倒とか、逆に守備一辺倒とかいうことはない。フランスでは、中位や下位のチームも難敵で、いつでも番狂わせが起こりうるわけで、ロシアのようなチーム間の巨大な格差はない。」

 かつてCSKAモスクワでプレーし、現ユヴェントスのM.クラシッチ。「過去2〜3年でロシア・リーグは格段に強くなった。今後2〜3年で、イングランド、スペイン、イタリアと肩を並べることになると思う。ロシア・リーグと我々のセリエAで、どうしようもない格差があるとは思わない。むろん、イタリアでは戦術に気を使うし、スター選手も多いが。ただ、フィジカルでは、ロシア選手も負けていない。個人的に、ロシアで唯一つらかったのは、シーズンの最初と最後が氷点下の寒さになること。また、スタジアムも古く、アメニティも悪い。」

 英エバートンでプレーしているD.ビリャレジノフ。「イングランドのサッカーは何よりビジネス・プロジェクトとして成功している。競技内容では、イングランドではスピードと競り合い、スペインでは緻密さとテクニックという特徴があるのに対し、ロシア・リーグにはそうした明確な個性がない。ロシアのクラブは、フィジカルではイングランドに引けをとるが、ロシア人選手のテクニックに問題はない。」

 このように、ロシアとサッカー先進国の両方を知る現役のプレーヤーたちは、概ね「競技レベル自体にそんなに差はない。決定的に違うのは環境」という立場をとっているのだが。しかし、前出のYe.ロフチェフ氏は、次のように辛辣なことを述べ、本特集を締めくくっている。「私は仕事上、ロシア・プレミアリーグのすべてのゲームを観なければならないのだが、10試合中9試合で、居眠りをしてしまう。スペインあたりの試合でも良く眠れることは事実だが、しかしその割合は10試合に7試合くらいだ。ロシア・リーグは、試合の質でも、組織面でも、5大リーグにはまったく近付いていない。」


ヨーロッパリーグの悦楽

No.0042 2011年4月23日

 かつてのUEFAカップ改組されてUEFAヨーロッパリーグになり、今シーズンが2年目ということになるのだろうか。ある意味で、チャンピオンズリーグ以上に、堪能させてもらっている。

 個人的に、サッカーに接するうえでの軸として、@郷土愛および愛国心、A研究対象であるロシア・NIS諸国への関心、B純粋に競技としての関心、という3つがある。このうち、自分にとって絶対的なものは、何と言っても@である。@の立場から言うと、日本選手がヨーロッパに流出してしまうことなどはあまり面白くないが、そうは言っても、日本人選手のヨーロッパでの活躍振りというのは一応見てみたい。一方、Bの純粋に競技としての関心ということで言えば、最も観るべき大会がチャンピオンズリーグであることは言うまでもないが、ただ西欧の金満クラブ間の戦いは、自分とは無縁の浮世離れした出来事のような気がして、個人的にちょと引いてしまうところがある。

 その点、ヨーロッパリーグは良い!  今シーズンに関して言えば、本田と香川という日本のダブルエースがこの大会を戦ったし、途中からは岡崎慎司も参戦した。もちろん、大会のレベルはそこそこ高いから、Bの関心も満たされる。

 で、何と言っても個人的に嬉しいのは、自分の研究対象国のチームが一杯出ることである。決勝トーナメントに進出した32チームのなかで、ロシア・ウクライナ・ベラルーシのチームが7チームもあった。ロシアがルビン・カザン、スパルタク・モスクワ、ゼニト・サンクトペテルブルグ、CSKAモスクワの4チーム。ウクライナはディナモ・キエフ、メタリスト・ハルキウの2チーム。そしてベラルーシからはBATEボリソフ。グループ・ステージのレベルではカルパティ・リヴィウ(ウクライナ)、シェリフ・チラスポリ(モルドバ)もいたし、さらに予選まで遡ればドニエプル・モギリョフ(ベラルーシ)、トルペド・ジョジノ(ベラルーシ)なんて顔ぶれもあった。

 まあ、ルビンやスパルタクはチャンピオンズリーグで決勝Tに進めなくてヨーロッパリーグに回ったクチだから、彼らにとっては不本意な舞台なのかもしれないけど。それでも、私にとってヨーロッパリーグは、@ABという私の関心軸を同時に満たしてくれる、とってもツボな大会なのである。ロシアやウクライナのチームの試合を、一部とはいえ、日本に居ながらにして観られるとは、本当にスカパー!さんありがとうという感じだ。

 なかでも、No.0040の記事に書いたように、ディナモ・キエフの試合を生で観る機会があったので、ディナモ・キエフにはこの大会を通じて強いシンパシーを抱いた。保守的なようだが、やはりウクライナのクラブの選手は、ディナモのようにウクライナ人が中心であってほしいものだ。CSKAモスクワやスパルタク・モスクワなど、応援したい気持ちはあるものの、外国人ばかりだと、どうしても親近感が湧かない。今シーズンのチャンピオンズリーグでちょっとした旋風を巻き起こしたシャフタール・ドネツィクも然り。レアル・マドリードやインテルのように本物の多国籍スーパースター軍団ならさすがに見世物としてすごいと思ってしまうが、ロシアやウクライナの中途半端な傭兵軍団には、逆にわびしさを覚える。

 そんなこんなで、ディナモ・キエフ一押しで、準々決勝を観戦したものの、ディナモはポルトガルのブラガとの対戦で、ホーム1対1、アウェー0対0で、アウェーゴールの差で涙を飲んだ。ディナモも、格下のチームを弄んだりしている分にはすごく強いんだけど、ちょっと守備の強いチームに引かれたりすると、こじ開ける引き出しをあまり持ち合わせていないということなのかな。もちろん、第1戦で途中出場したシェフチェンコがつまらないカード2枚で退場になり、この試合が引き分けるのが精一杯になったうえ、第2戦にシェフチェンコが出場できないことは響いた。一方、スパルタク・モスクワも、ポルトガル勢のポルトに惨敗。結局、今シーズンのヨーロッパリーグは、4強のうち3チームがポルトガル勢、残り1チームもスペインであり、何やらポルトガル国内のカップ戦、またはイベリア半島だけの大会という様相になってしまった。さすがに、こうなると、個人的な関心は大分減退してしまう。まあ、すでに充分に楽しませてもらったけど。

 せっかくなので、スパルタク・モスクワVSポルト戦の画像を、ちょっとだけ上げておく。

第1戦はポルト相手にアウェーで1対5だったけれど、第2戦を前に気勢を上げるスパルタク・サポ

 

観客席の表情

 

第1戦に続き、再び5失点を喫したスパルタク

 

 


サッカー紀行2:ミンスク・ディナモスタジアム

No.0041 2011年4月3日

 2月に久し振りにベラルーシのミンスクに出張した。その際に、ディナモスタジアムの界隈も、歩いてみた。中心部から歩いてすぐのところにあるので、有難い。

 もともとこのスタジアムが建てられたのは1934年だったが、1980年のモスクワ五輪でサッカーの会場として使用されることになり、それに向けて大掛かりな改修工事が実施され、現在のような姿になったということらしい。収容人数は41,020人とされているが、正直そんなに大きくは感じない。

 私がミンスクに住んでいた頃から、このスタジアムの周りには露店が立ち並び、モノ市場となっていた。多くのミンスク市民にとってディナモスタジアムとは、サッカーを観に行くところというよりは、生活物資を買い求める場所である。一応は代表戦などが行われるベラルーシ・サッカーの聖地なのだが、下の写真に見るように、何とも生活感のある佇まいだ。ただ、今回行ってみたら、店の数はだいぶ減っていて、以前は確か市場に入るだけで入場料が取られたのだが、今は自由に出入りができる。ちなみに、ディナモスタジアムは大規模な改修が行われることが決まっていて、それに伴いモノ市場は廃止されるということのようだ。

 今回初めて気が付いたが、ディナモスタジアムは入場券を買って中に入らなくても、外部からピッチの様子をバッチリと観ることができる。そこで、外からスタジアムの内部の写真を撮っていたら、その時にデジカメを落として、壊してしまった。実はこの時はマイナス20度くらいの寒波で、手袋をしたままでポケットからカメラを出し入れしたりしていたところ、滑り落ちてしまったのだ。というわけで、下の写真が、2年半使ったカメラ「FUJI FinePix F100」の遺作になってしまった(ただ、その後、延長保証をしていたことが判明し、修理をしてみようかと思っているところだが)。

 ミンスクには、ディナモ・ミンスクという古豪チームがある。しかし、No.0035の記事に書いたように、ディナモ・ミンスクは現在ディナモスタジアムではなく、ディナモ・ユニという別のスタジアムを本拠地としているらしい。それに代わって、最近台頭著しいFCミンスクがディナモスタジアムを本拠地にしているようで、ややこしい話だ。

 一方、現在ベラルーシで無敵の王者となっているのがBATEボリソフで、BATEがヨーロッパのカップ戦でホームゲームを戦う時は地元ボリソフではなくミンスクのディナモスタジアムで試合を開催している。私が2月にディナモスタジアムを訪れた時も、数日後にここでヨーロッパリーグのBATEボリソフVSパリ・サンジェルマン戦が行われるということで、ヨーロッパリーグの横断幕のようなものが掲げられていた。パリ・サンジェルマン側は、マイナス20度では試合は無理と主張して、UEFAに延期を求めたという話がニュースで伝えられていたが、結局予定どおり開催されたようだ。結果は、ミンスクでの試合は2対2のドロー。その後パリで行われたリターンマッチはスコアレスドローで、アウェイゴールの差でBATEボリソフは涙を飲み、パリ・サンジェルマンがベスト16に駒を進めた。

生活感丸出し。

 

凍てつくピッチ。一応、天然芝らしいが。

 

 


イスタンブールで「黒海ダービー」を観戦

No.0040 2011年3月22日

 ブログの方でちらっと触れたけど、2月のベラルーシ〜トルコ出張時に、イスタンブールで行われたベシクタシュVSディナモ・キエフ戦を観戦してきた。1人の出張だったので、夜はやることがなくてヒマだなあと思っていたところ、面白いものがあるというのを発見して、観に行ったというわけだ。

 2月17日、2010/2011シーズンのヨーロッパリーグ決勝トーナメント1回戦ファーストレグである。私にとって、ヨーロッパのクラブレベルの国際大会を生観戦するのは、初めてのことだ。というか、サッカーをスタジアムで観ること自体、実に久し振りである。2002W杯以来のことだと思う。随分ブランクが空いたものだが、2012ユーロや2018W杯に向けてサッカーを明確に自分の守備範囲に位置付けると決めたところなので、それに向けた具体的実践の第一歩といったところだ。

 たぶん当日券があるだろうと思って、スタジアムにフラっと行ってみたところ、一応買うことができた。ただ、80トルコ・リラもして、日本円だと5,000円くらい。結構高いもんだ。それでも、平日のミッドウィークのゲームにもかかわらず、スタジアムはほぼ満員に近かった。

 これは後日知ったことだが、このベシクタシュというチームは、シャフタール・ドネツィクと不思議な縁がある。ベルント・シュスター現監督(その後、解任された模様)は2003〜04年にシャフタールの監督を務めたことがあり、またシャフタールのミルチェア・ルチェスク監督は2002〜04年にベシクタシュを率いた。したがって、今回の試合は、キエフVSドネツィクという宿命のライバル関係の代理戦争的な構図を帯びていると言えなくもない。また、ウクライナとトルコは黒海を挟んで向かい合っているから、何でも「ダービー」と名付けてしまう日本のマスコミなら、間違いなく「黒海ダービー」と呼ぶところだろう。

 さて、西欧のビッグ・クラブにはつい反感を抱いてしまう私にとって、イスタンブール・ベシクタシュもディナモ・キエフも、どちらもシンパシーを感じずにはいられないチームだ。したがって、どちらを応援したものか、迷ったが、ここはやはりホームのベシクタシュに乗っかろうと決めた。トルコ人のフーリガンにボコられたりするのも嫌なので、スタジアムに併設されているショップでベシクタシュのマフラーを買い、にわかファンを決め込んで観戦に臨むことにした。ベシクタシュは、白黒がシンボルカラーなんだけど、それにトルコ国旗の赤を効果的にワンポイントであしらっていて、実に恰好良いなあ。

 席は自由席で、セクションは区切られているが、そのなかではどこに座ってもいいという方式だった。私が買ったのは安い席だったので、コアなサポーターが陣取るスタンドとは反対側の、アウェイサポーター席に近いところだった。したがって、組織立った応援をするというよりも、思い思いに声援を送るといった感じの一角である。しかし、試合前からベシクタシュの応援歌がスピーカーから大音量で流れて、サポーターがそれに合わせてマフラーやタオルを振り回しており、なかなかの雰囲気である(この歌、何回も聴いたので、耳にこびり付いてしまった)。もちろん、ウォーミングアップに現れたディナモ・イレブンには、大ブーイング。

 スタジアムは老朽化が激しく、また汚い。トルコ人が種のスナックのようなものを食べていて、その殻をその場に捨てるものだから。また、座席も、座るのが嫌になるほど、汚れている。試合が始まって、その原因が分かった。トルコ人は試合中ずっと、座席の上に土足で立って応援していた。ずっと立ちっぱなしで、かつ歌いっぱなし、叫びっぱなしという。正直、あまりサッカーを掘り下げて観戦するという雰囲気は感じなかった。

 肝心の試合だが、最初はホームのベシクタシュ側が意欲的な入りを見せたものの、前半にディナモがコーナーキックからあっさりと先制する。ベシクタシュも前半のうちに、ゴール前のこぼれ球が運良くフリーの選手のところに転がり、それを決めて同点に追い付くも、試合が拮抗していたのはここまでだった。前半ロスタイム、キエフがまたしてもセットプレーのチャンスを活かし、勝ち越しに成功。すると、後半はキエフのカウンターが冴えわたり、そこから得たコーナーキックとPKでさらに2点を追加。ベシクタシュも後半、決定的なチャンスが2〜3本あったが、そのたびにキエフのキーパーO.ショウコウシキーが立ちふさがった。結局、何と3点もの得点差、4点ものアウェーゴールをもって、ディナモ・キエフが圧勝を収めた。

 この対戦を観ていて、全体として「格が違う」という印象を受けた。ボールをもっていない選手がスペースに動いて、美しく連動し響き合うキエフと、ボール保持者が孤立無援になりがちなベシクタシュ。チャンピオンズリーグに出てもおかしくないチームと、運良くヨーロッパリーグを勝ち上がってきたチームの力の差が出た。キエフの4点はすべてセットプレー絡みだったが、試合が進むにつれ自力の差が明白となり、それが結果に表れた。個人的に、シャフタール・ドネツィクのサッカーにはまったく魅力を感じないが、初めてディナモ・キエフの試合を生観戦して、これぞウクライナ伝統のフットボールとの思いを強くし、惚れてしまった。

 ベシクタシュのサポーターは、前半までは我がチームを盛り立てようという姿勢だったものの、試合が劣勢になるにつれ、味方に野次やブーイングを浴びせたりして、それがスタジアムの空気をどんどん悪くしていった。それに対し元気一杯だったのが、檻に囲まれた数少ないキエフ・サポーター。後半、勝利が確実になると、男たちは上半身裸になり、狂喜乱舞していた。ちなみに、ウクライナの国旗に交じり、ベラルーシの赤・緑国旗を振りかざしている向きもあり、トルコ人が「何でベラルーシやねん」と突っ込む場面もあった(言葉は分からないが)。

 一つ感心したのは、スーパースターのアンドリー・シェフチェンコが後半途中に後退で退いた時、ベシクタシュのサポーターから大きな拍手が起きていたこと。彼がとどめを刺す3点目を決めたにもかかわらず。試合の前や最中には、シェフチェンコを揶揄するようなチャントや野次も聞かれたが、リスペクトするところはきちんとしているんだなと、感心した次第。

 そんなわけで、「にわかベシクタシュ・サポ」として臨んだこの試合だったが、得点を重ねるごとに盛り上がりを増すディナモ・サポーター席を見て、「やはり自分は、あっち側の人間だな」と心変わりし、試合終了間際にはディナモ席の近くに移動した次第。ただ、雨が降り出したので、試合終了を見届けることなく、スタジアムを後にした。ちなみに、キエフで行われたリターンマッチでもディナモが4対0で圧勝、難なくベスト16に駒を進めた。

試合開始前から近くの広場で気勢を上げるベシクタシュ・サポ。

 

スタジアムに併設されたグッズ・ショップ。

 

にわかサポに化けるために、こんなものを買いました。マフラーと、長袖シャツ。

 

スタジアムの門構え。格好良い。

 

試合開始前から大盛り上がりの地元サポ。すごい数の旗。そのなかで淡々とアップをするキエフのイレブン。

 

こんな風に座席の上に立つものだから、席が汚れて…。

 

フリーキックで直接ゴールを狙うチェンコ様。

 

鳥籠のような一角に押し込められながらも、元気一杯のキエフ応援団。

 

哀れ、ベシクタシュ。

 

 


ハルキウ・パレスがユーロの本部に

No.0039 2011年3月5日

 先日、こんな小文を書いた。ハルキウの大富豪O.ヤロスラウシキー氏の財閥DCHが、1億ドルを投じて、ハルキウ中心部に高級ホテルを建設しているという話題である。

 で、本日ニュースを眺めていたら、この高級ホテル「ハルキウ・パレス」が、ユーロ2012開催時のハルキウにおけるUEFAの本部として使用されることが決まったということが報じられていた。DCHグループはユーロに向けたハルキウ市の総合開発計画を推進中であり、メタリスト・スタジアムおよびハルキウ空港の改修、そしてこのハルキウ・パレスの建設などで、総額2.5億ドルを投資するという。

 もっとも、肝心のメタリスト・ハルキウは、先日のUEFAヨーロッパリーグで、惨敗を喫したようだが(笑)。

先の小文に載せた写真を、カラー版でどうぞ。まあ、天気が悪いので、ほとんどモノクロな風景だが。

 

ハルキウ・パレスの建設現場。

 


サッカー紀行1:リヴィウとカルパティ

No.0038 2011年3月3日

 「紀行」と言っても、私がリヴィウに行ったことのあるのは1998年の一度きり。スカパー!でこの1月から2月にかけて、UEFAヨーロッパリーグのグループステージにおけるリヴィウ・カルパティVSボルシア・ドルトムント戦の再放送というのをしつこくやっていて(むろん香川真司絡みということだが)、滅多に観られないウクライナの田舎チームの試合を観たので、ちょっと記事にしてみたくなったということだ。

 さて、このカルパティというチーム、今回は運良くヨーロッパリーグに出場できたけど、ウクライナ・プレミアリーグではこれまで3位が最高だし、降格経験もあるということで、むしろ中堅クラブという位置付けみたい。2009/10シーズンが5位、今シーズンもここまで5位ということで、ベラルーシ人のO.コノノフ監督の下、最近になって順位を上げてきたということらしい。スカパー!でやっていたリヴィウにおけるカルパティVSドルトムント戦は、カルパティにとって初めてのヨーロッパの晴れ舞台ということで、地元サポが本当に楽しそうだった。逆に、一般にはそのサッカーの中身はまったく知られていないから、アナウンサーおよび解説者泣かせ。この試合を担当したアナ氏も、カルパティが縦パスを1本出しただけで、「おう、さすがシェフチェンコの国、縦に速い!」などと、シェフチェンコのイメージだけでウクライナのサッカーを無理やり語っていた。

 そんなわけで、カルパティ・リヴィウのドキドキ、ワクワクのヨーロッパ・デビューだったわけだが、初戦のホームのドルトムント戦は終了間際に立て続けに失点を食らって、3対4の逆転負け。以降は得点すら挙げられずに連敗が続き、ようやく最後のパリ・サンジェルマン戦で1対1の引き分け、わずか勝ち点1で大会を去ることになった。ちなみに、カルパティVSパリ・サンジェルマン戦の結果如何では、香川のドルトムントが決勝Tに進める可能性もあったから、日本のファンは引き分けをうらめしく思ったかもしれない。

 なお、「カルパティ」というチーム名は、「カルパティア山脈」から来ている。カルパティ・リヴィウのシンボルカラーは緑で、ユニフォームは縦のストライプ。紋章は街の象徴のライオン。どちらも格好良いなあ。胸スポンサーになっている「ZIK」という会社のことを今まで知らなかったので、気になって調べたところ、「ザヒドナ・インフォルマツィナ・コルポラーツィヤ」、つまり「西情報コーポレーション」といって、リヴィウを拠点とした通信社であることが判明。ZIKを保有するのがペトロ・ディミンシキーという人物であり、地元政財界の顔役で、要するにディミンシキーがカルパティ・リヴィウのオーナーということらしい。ただし、最近になって、ディミンシキーがカルパティをコロモイシキーのプリヴァト財閥に売却するという観測が浮上し、ファンを心配させているようだ。No.0032の記事で述べたとおり、プリヴァト財閥はすでに他のチームのスポンサーになっているのだが…。

 リヴィウは2012年ユーロの開催都市の1つとなっているが、スタジアムの建設が遅れ気味と伝えられる。むろん、完成後は、カルパティ・リヴィウも、同スタジアムを本拠とすることになるのだろう。

試合前のカルパティ・サポーターの応援風景。左右に「指差し確認」をするような変なパフォーマンス。

 

初の欧州の晴れ舞台で、とっても幸せそう。

 

結構、ドルトムントのサポーターもリヴィウまで駆けつけていた。

 

これは12月4日のリターンマッチのアウェイ戦、香川の先制ヘッドなどで0対3で完敗した試合での、スタンドの様子。

氷点下7度だったそうだが…。

 

 


2018W杯開催地、早くも3都市が脱落か

No.0037 2011年2月19日

 2018W杯ロシア大会の開催地としては、13都市の16スタジアムが内定していたが、2011年2月18日付の『RBCデイリー』紙によると、そのうち早くも3つの都市が脱落する方向にあるという。具体的には、スヴェルドロフスク州のエカテリンブルグ市、モルドヴィア共和国のサランスク市、モスクワ州ポドリスク市が削除される見通しであるという。

 同紙によれば、ロシアの申請委員会は、上記3都市の削除に関する交渉をFIFAと始めている。関係者によれば、これは資金面でのメリットがないことに鑑みての判断であるという。チケットが6080ドルであることを考えると、切符の売れ行きが芳しくないことが予想されるからだ。最終的な結論はFIFA2013年3月までに下すことになる。FIFAの規定では、会場は12スタジアム以上あればいいことになっている。スポーツ省の関係者は、サランスクとエカテリンブルグはその他の開催地から遠すぎるという問題があり、逆にポドリスクはモスクワから近すぎると説明している。一方、サッカー評論家のYe.ロフチェフは、「そもそも開催都市の選考基準が不明だったが、今になって削減する理由も不明だ。だいたいサランスクなどは、サッカーとは何の関係もない街である。政府は、資金的なメリットに鑑みて開催都市を削ろうとなった時に、観光地としての魅力がないところを選んだのだろう。何しろエカテリンブルグは、皇帝一家が殺害された場所ということくらいしか知られていないから」と指摘している。(服部注:他の都市には観光地としての魅力があるのか?という疑問も)


ガスプロム・アリーナ建設費が膨らんで

No.0036 2011年2月19日

 2011年2月11日付『コメルサント』に、2018W杯ロシア大会で中心的な会場の一つとなるサンクトペテルブルグの「ガスプロム・アリーナ」の建設問題に関する記事が出ている。これによれば、建設費が当初の予定から大幅に膨らんだことから、サンクトペテルブルグ市行政府は連邦政府に資金援助を要請したとのことだ。記事の要旨は以下のとおり。

 ゼニトが使用することになる「ガスプロム・アリーナ」の建設費が100億ルーブルも膨らんだことで、サンクトペテルブルグ市行政府のマトヴィエンコ市長はプーチン首相に助けを求めることを余儀なくされた。この世界でも屈指の高価なスタジアムの建設費を、連邦政府と分担しようというわけである。その際に、ガスプロム・アリーナが2018W杯の開幕戦の舞台に使用できるというのを、論拠にしている。マトヴィエンコ市長がその旨の書簡を連邦スポーツ・観光省とプーチン首相宛てに出したとのことだ。サンクトペテルブルグ市行政府の体育・スポーツ委員会のV.チャソフ委員長が明らかにした。市の側では100億ルーブルの分担を連邦政府に要請している。チャソフ委員長は、ガスプロム・アリーナでは開幕戦、準々決勝、準決勝が行われると考えられるのだから、なぜ市が単独でその負担を引き受けなければならないのかと語った。関係者が指摘しているところによると、マトヴィエンコ市長はすでに2度にわたってプーチン首相と本件につき討議しており、公式に書簡を出したということは、あとは役人が詰めるだけの段階にあることを意味するという。同筋では、財務省が近く了承し、本年末にも1回払いで資金を拠出することになると、期待している。

 ガスプロム・アリーナの費用と負担者は、何度か変更されてきた。最初に、2004年には、建設費は67億ルーブルで、ガスプロムの資金で建てられるとされていた。しかし、2008年末、市行政府は、30億ルーブルを投資する予定だった超高層ビル「オフタ・センター」への出資を拒否し、その代わりスタジアムを公的資金で建設すると発表した。同時に、スタジアム建設費は237億ルーブルにまで膨らんだことが明らかになった。2011年1月には、「グラヴゴスエクスペルチーザ」が、建設総額が237億ルーブルから330億ルーブルに拡大し、また完成時期が延びて201211月になることを明らかにした。かくして、ガスプロム・アリーナは世界で最も高価なスタジアムの仲間入りをしたわけである。今のところ、この面で世界トップなのは、ロンドンのウェンブリー・スタジアム(2006年オープン)と、ニューヨークのヤンキー・スタジアム(2009年オープン)で、いずれも15億ドルを要している。

 ガスプロム・アリーナの建設費が膨れ上がったのは、FIFAおよびUEFAの新しい要求基準に対応したことと、コンサートおよびサッカー以外の種目の開催も可能なようにしたことによる。計画変更により、収容人数は6.2万から6.8万に(サッカーの試合の場合。コンサート等の際は8.4万)、総面積は20.8万平米から28.8万平米に拡大した。スタジアム建設を担うゼネコンはO.デリパスカのトランスストロイ社だが(2008年に契約調印)、計画の変更に伴い、契約も修正する必要がある。先週、マトヴィエンコ市長がその件に関する法案を市議会に提案した。


ベラルーシ・リーグも一応チェック

No.0035 2011年2月11日

 本コーナーでは、ロシア、ウクライナ両国のプレミアリーグの最新の順位表を掲載したので、私の立場上、ベラルーシについても同じことをしなければいけないような気になってきました。明日からベラルーシ出張ということもあり、ベラルーシ・モードに切り換える意味でもね。そこで、一応、最新の2010年の「ベラルーシ・サッカー選手権トップリーグ」の結果を、下表のようにまとめてみました。表は基本的にロシア語版ウィキペデイアにもとづいて作成しましたが、観客動員数はベラルーシ・サッカー協会のサイトに掲載されていたこちらの資料から数字を拾いました。また、スポンサーは、基本的に各クラブのサイトに依拠していますが、情報がないところもあり、一部推測も含まれています。

順位 勝ち点 クラブ名 ホームタウン ホームスタジアム スタジアム
収容人数
1試合平均観客動員数 スポンサー
1 72 BATE
«БАТЭ»
ボリソフ 市営スタジアム 5,402 3,672 ベルトスストラフほか
2 66 シャフチョール
«Шахтёр»
ソリゴルスク ストロイーチェリ 4,200 2,268 Eickhoffおよびベラルーシカリー
3 60 FCミンスク
«Минск»
ミンスク ディナモ 40,000 1,759 ゴリゾント
4 56 ディナモ
«Динамо»
ミンスク ディナモ・ユニ 4,500 2,661 ProStoreスーパーマーケット
5 46 ディナモ
«Динамо»
ブレスト 国立ブレスト州スポーツ・センター 10,169 2,712 ブレストフトルメトほか
6 45 ベルシナ
«Белшина»
ボブルイスク スパルタク 3,709 2,289 株式会社「ベルシナ」
7 44 ナフタン
«Нафтан»
ノヴォポロツク アトラント 4,522 2,112 たぶんナフタン製油所
8 40 ドニエプル
«Днепр»
モギリョフ スパルタク 7,990 2,088 モギリョフ市行政府ほか
9 32 FCヴィテプスク
«Витебск»
ヴィテプスク ヴィテプスク中央スポーツ・センター 8,144 2,062 ヴィテプスク州電力ほか
10 31 ニョーマン
«Неман»
グロドノ ニョーマン 9,000 2,372 ベルゴスストラフほか
11 28 トルペド
«Торпедо»
ジョジノ トルペド 3,200 2,011 ベラルーシ自動車工場
12 23 パルチザン
«Партизан»
ミンスク トラクトル 17,600 1,512 たぶんミンスク・トラクター工場

 ベラルーシは今のところ春秋制をとっており、こちらの記事によると、秋春制移行に関する議論は当面棚上げするということのようです。というわけで、2010年シーズンは同年4月3日から11月21日にかけて開催。興味深いのは、トップリーグ参加チームが削減されつつあることであり、2008年は16チームだったのが、2009年は14チーム、そして2010年は12チームになりました。まあ、おそらく少数精鋭でやろうということなのだと思いますが、そのあたりの事情を調べているヒマはありませんので、悪しからず。で、2010年はわずか12チームなので、3回戦総当りで行われ、各チーム33試合を戦いました。その結果が上の表のとおりで、BATEボリソフが圧勝して5連覇を達成。1位チームはチャンピオングリーグ2回戦、2位はヨーロッパリーグ2回戦、3位はヨーロッパリーグ1回戦で、ここまでがUEFAの国際大会に進出。一方、12位は1部リーグに降格、11位は入れ替え戦に回ることになります。

 しかし、観客動員数を見ても、まったく盛り上がりに欠けていますね。ベラルーシでは、大統領の個人的趣味もあって、アイスホッケーが国技となっており、サッカーは割を食っているのでしょうか。国家主導の経済なので、ウクライナのように大富豪がスポンサーになるというパターンはないし。上の表で、一応スポンサーを挙げてありますけど、ウクライナみたいに1つの企業が太っ腹に丸抱えするのではなく、小口のスポンサーが少しずつ応援している形のようです。普通であれば、首都のビッグクラブが国全体を牽引していくべきなのでしょうけれど、ミンスクのチームとしては2004年にディナモ・ミンスクが優勝したのが最後。どちらかというと、地方の企業城下町のようなところのクラブの方が元気という構図です。

 BATEボリソフが、唯一気を吐いている形で、ヨーロッパの国際舞台でも活躍しています。今般も、UEFAヨーロッパリーグで32チームからなる決勝トーナメント進出を決め、今日UEFAのサイトを見たら、BATEの特集がトップに掲載されていて、ビックリしました。トップページからはすぐに消えてしまうはずで、こちらが常設のアドレスになると思います。しかし、そのBATEにしても、リーグ戦の観客動員が4,000人弱では、お寒い限りです。


スルキス続投でひとまず決着

No.0034 2011年2月5日

 No.0033で書いた記事の続報です。さすがに、「国際大会に出場できなくなる」「ユーロの開催権を剥奪する」という脅しが効いたのか、結局スルキスが任期の切れる2012年までウクライナ・サッカー協会の会長に留まることが決まりました。こちらの記事などが報じています。

 先日、ヤヌコーヴィチ大統領がスルキス会長と面談し、大統領は「国家機関は協会に圧力などかけていないし、会長退陣の問題はユーロ2012が終わる2012年まで提起されることはない」旨を明言。2月2日には、先にスルキス信任/不信任投票を実施すべく臨時総会の開催を求めていた加盟38団体が共同声明を出し、先の要求を撤回するとともに、ユーロ2012が終りスルキスの任期が切れる2012年までは会長交代の問題は提起しない旨表明。ただし、声明では、今後も全国協会が州協会に不当な圧力をかけないよう、常に協会の仕事を監視していく意向が示されていた。

 かくして、ウクライナ・チームの国際大会出場停止という事態は避けられ、ユーロ2012も予定どおり開催できそうだが、2012年秋の会長選挙は大荒れになりそうだと、前掲記事は結んでいます。


ウクライナ・サッカー協会で内紛

No.0033 2011年1月30日

 12月にウクライナに出張した際に、ウクライナ・サッカー協会のスルキス会長に辞任を迫るキャンペーンが張られていました。「スルキス氏、退陣せよ!」という広告看板が街頭に掲げられていたり(右下の写真はウニアン通信のサイトより)、またそのような内容のラジオCMなども流れていました。その時は事態の背景や深刻度などがよく分からなかったのですが、その後問題はさらに泥沼化しているようで、ついにUEFAやFIFAが憂慮を表明するところまで発展しています。

 まず、渦中の人物の経歴を簡単に整理しておくと、フリホリー・スルキス氏(SURKIS, Grygoriy Mykhaylovych)は1949年9月4日、オデッサのユダヤ人の家庭に生まれる。キエフ市執行委員会勤務を経て、1991〜1993年に合弁企業「ディナモ・アトランティク」社長、1993〜1998年にサッカークラブ「ディナモ・キエフ」社長、1992〜1998年にUPFK「スラヴティチ」社長。1998年から社会民主党所属の最高会議議員。1996〜2000年にウクライナ・プロサッカーリーグの会長、ウクライナ・サッカー協会副会長。2000年8月にウクライナ・サッカー協会会長、2004年に再選。現ディナモ・キエフ社長のイホル・スルキス氏は実弟。

 それで、こちらの記事によると、事の次第は、次のようなことらしいです。すなわち、スルキスの退陣を求めている一人は、ティモシェンコ党の党員で、ウクライナ・プレミアリーグ会長のV.ダニロフである。ダニロフは、ウクライナにおいて協会の力が強すぎ、リーグの運営に口を出しすぎる点を批判している。もっとも、2009年にダニロフが会長に再任される際にスルキスが反対したことが原因という噂もある。メタリスト・ハルキウのオーナーであるA.ヤロスラウシキーもまた、スルキスと敵対している。メタリストは2010年8月、2008年にカルパティ・リヴィウと八百長試合をしたとして、協会の裁定により3年も前の3位という順位を剥奪され、今シーズンの勝ち点を9ポイントも剥奪されていたという経緯があり、ヤロスラウシキーはこれを不服として国際スポーツ裁判所に提訴までしていた。スルキス退陣キャンペーンの広告費を出しているのは、ヤロスラウシキーであるともささやかれている。カルパティ・リヴィウのオーナーであるP.ディミンシキーも、ヤロスラウシキーに同調しているという。さらに、シャフタール・ドネツィクのオーナーであるアフメトフ氏も、協会がディナモ・キエフをえこひいきしているとして、スルキス兄弟に批判的な態度をとってきた。政府でユーロ2012を担当するコレスニコフ副首相もヤロスラウシキー支持をあからさまに公言しており、プレミアの16チーム中12チームがスルキス批判に賛同していると指摘している。

 こんなところが、ウクライナ・サッカー界の勢力図になっているようです。最初はキエフ派(スルキス兄弟)とドネツィク派(アフメトフ、コレスニコフ)の主導権争いなのかなと思いましたが、スルキス批判勢力は地域的にも党派的にも思ったよりも広範なようで、むしろキエフ派というかスルキス会長の四面楚歌という感じになっているようです。協会の49の団体会員のうち、実に38団体が、スルキス会長の信任/不信任投票を行うための臨時総会の開催を求めているという情報もあります。

 で、問題がウクライナ国内の対立に留まっていればまだよかったのですが、スルキス会長が12月の協会総会を強制的に解散してしまったことに反発した批判勢力(アフメトフ派のS.ストロジェンコ副会長ら)が、ウクライナの状況についての理解を求めるアピールをFIFAに送ったとのことです。こちらの記事によると、それを受けFIFAは1月24日付でウクライナ協会に書簡を送り、外からの政治的圧力を受けた協会会長の交代は認められないとの立場を示しました。そして、1月28日にはUEFAもこの問題を検討し、FIFAの立場を全面的に支持するとともに、事態が解決されなければウクライナのクラブやナショナルチームがUEFAの大会に出場することが認められなくなり、またユーロ2012の開催権も剥奪する可能性がある旨、警告したとのことです。

 というわけで、UEFA側はユーロ本番の2012年まで(スルキスの任期は同年までとなっている)スルキス会長で行きなさいと言っているわけですが、同会長が国内サッカー界で信望を失っていることは事実のようであり、厄介なことです。いずれにしても、ユーロという晴れ舞台を目前に控え、ウクライナの恥部を世界にさらしているようで、見苦しい話としか言いようがありません。


ウクライナ・プレミアリーグのおさらい

No.0032 2011年1月29日

 今回はちょっと、ウクライナ・プロサッカーリーグの最高峰であるプレミアリーグのおさらいとして、基礎的なことを整理しておきたいと思います。

 ウクライナのサッカーは秋春制なので、今は2010/2011年シーズンの途中(冬季中断期間中、3月5日再開)です。プレミアリーグは16チームで戦われ、今季の参加チームの概要と、19節終了時点の順位は、下表のようになっています。表は、基本的にロシア語版およびウクライナ語版のウィキペディアをもとに作成しましたが、1試合平均観客動員数だけはこちらのサイトからとりました。なお、表で、ホームスタジアムの収容人数よりも1試合平均観客動員数の方が多いところがありますが、これは実際には同じ街にあるより大きなスタジアムで試合をすることが多いからだと思います。

順位 勝ち点 クラブ名 ホームタウン ホームスタジアム スタジアム
収容人数
1試合平均観客動員数 ゼネラルスポンサー
1 52 シャフタール
«Шахтар»
ドネツィク ドンバス・アリーナ 51,504 24,454 システム・キャピタル・マネジメント(SCM)
2 40 ディナモ
«Динамо»
キエフ ディナモ 16,873 13,299 プリヴァトバンク
3 38 メタリスト
«Металіст»
ハルキウ メタリスト 41,307 18,349 DCH
4 35 ドニプロ
«Дніпро»
ドニプロペトロウシク ドニプロ・アリーナ 31,003 11,130 ビオラ
5 32 カルパティ
«Карпати»
リヴィウ ウクライナ 27,925 9,128 ZIK
6 28 ヴォルィニ
«Волинь»
ルィツィク アヴァンガルド 12,080 7,185  
7 25 アルセナル
«Арсенал»
キエフ バンニコフ記念
トレーニングセンター
1,678 4,450  
8 23 ヴォルスクラ
«Ворскла»
ポルタヴァ ヴォルスクラ 24,795 7,614 FERREXPO Poltava Mining
9 23 タヴリヤ
«Таврія»
シンフェロポリ ロコモチフ 19,978 8,122 クリリンホヴィディム銀行
10 22 メタルルグ
«Металург» 
ドネツィク メタルルグ 5,094 5,285 ドンバス工業連合(ISD)
11 22 オボロニ
«Оболонь»
キエフ オボロニ・アリーナ 5,100 5,491 オボロニ・ビール醸造
12 19 ゾリャー
«Зоря»
ルハンシク アヴァンガルド 22,288 9,645 DMバンク
13 18 クリウバス
«Кривбас»
クリヴィーリフ メタルルグ 29,734 7,232 『チェルヴォヌィヒルニク』紙?
14 18 イリチーヴェツィ
«Іллічівець»
マリウポリ イリチーヴェツィ 12,460 6,787 イリチ記念冶金コンビナート
15 14 セヴァストポリ
ПФК «Севастополь»
セヴァストポリ ロコモチフ 19,987 6,607  
16 10 メタルルグ
«Металург» 
ザポリージャ スラヴティチ・アリーナ 11,756 5,533 ザポリシスターリ

 

 最終的な順位で優勝するとチャンピオンズリーグ=CLグループステージに、以下、2位:CL3回戦、3位:ヨーロッパリーグ=EL決勝T、4位:EL3回戦、5位:EL2回戦と、ここまでがヨーロッパの国際大会に出られることになっています。他方、下位2チームは1部リーグに降格。

 こうやって成績や観客動員数を見ると、今日のウクライナではシャフタール・ドネツィクが図抜けた存在であり、何とかそれに必死でついて行っているのがディナモ・キエフ、メタリスト・ハルキウ、カルパティ・リヴィウあたりまでで、それより下になるとだいぶ力が落ちる、といった構図かと思います。まあ、ヨーロッパどこの国も、だいたい上4〜5チームくらいのエリートとその他大勢、という構図だと思いますけどね。

 それで、このコーナーではサッカーそのものもさることながら、政財界とのかかわり、経済地理的観点、サッカーをめぐる国際関係といった点を主眼に情報をお届けしたいと思っております。

 そこで注目したいのが、ウクライナの各クラブのスポンサーです。上の表には、ウィキペディアの情報にもとづいて、各チームのゼネラルスポンサーが記してあります。主なところだけ見ておくと、シャフタールがアフメトフ氏のSCM財閥の全面的バックアップを受けているのは、有名でしょう。一番微妙なのは、プリヴァト財閥の役割かもしれません。表では、プリヴァト財閥の銀行であるプリヴァトバンクがディナモ・キエフのゼネラルスポンサーということになっていますが(実際、ディナモのユニフォームの胸には同銀行の広告が)、プリヴァトはドニプロペトロウシクを地盤とした財閥です。『インヴェスト・ガゼータ』の資料では、4位のドニプロ・ドニプロペトロウシクだけでなく、13位のクリウバス・クリヴィーリフも、プリヴァト財閥の資産とされています。さらに見ていくと、3位メタリスト・ハルキウのスポンサーであるDCHについては、No.0023の記事で触れました。表でドニプロ・ドニプロペトロウシクのスポンサーとされているビオラ社は、成長著しいソフトドリンクのメーカーですが、資本関係等については確認できませんでした。カルパティ・リヴィウのスポンサーであるZikというのは、「西情報コーポレーション」の略で、西ウクライナのリヴィウを拠点とした通信社です。

 とりあえず、今日のところは、このへんで。


プーチンとブラッターの会談

No.0031 2011年1月26日

  1月23日にFIFAのブラッター会長かプーチン・ロシア首相と会談したそうです。

 ロシア政府のサイトによると、このなかでブラッター会長は、ちょっと面白いことを言いました。「ロシア連邦自体が世界で最も広い国だが、ロシア連邦だけがこの大会にかかわるわけではない。隣接する衛星諸国も、その対象になるのだ。我々の選択が正しかったことを、皆が理解することになるだろう。」

 ブラッター会長は、ロシアとつながりの深い旧ソ連諸国(NIS諸国)を念頭に置いてこのように述べたはずで、おそらくは「カザフとかウクライナの皆さんも楽しんでください。波及効果も期待できますよ」といったことを言いたかったのだと思います。というわけで、他意はないはずですが、「衛星諸国」という表現はNIS諸国にとって許容できないもので、失言でしょう。

 一方、プーチン首相の側は、「我が国にはW杯開催都市間を高速鉄道で結ぶ構想がある」と述べました。しかし、具体的にどことどこを結ぶのか、これまで浮上していた一連の高速鉄道計画のことを述べているにすぎないのか、それともW杯開催決定を受け新たに高速鉄道網のようなものを検討するに至ったのか等、詳しいことは分かりません。


ポーランドのユーロ2012準備状況

No.0030 2011年1月25日

 考えてみれば、個人的にユーロ2012についてはこれまでウクライナにばかり注目して、ポーランドの開催都市すら把握していませんでした。資料を見たところ、ポーランドもウクライナと同じく4都市が会場となるようです。@ワルシャワ、Cヴロツワフ、Dポズナン、Eグダニスク、ということらしいです。番号はポーランドのなかで人口の多い順に見た順位であり、AクラクフとBウッチが抜けた形です。どういう基準で選ばれたのかは不明。ポーランドって、こうやって見ると、首都ワルシャワを除くと、そんなに大きな都市はないのですね(ロシア・ウクライナ的な基準で見ると、という意味ですが)。ヨーロッパの国は、だいたいこんな感じなのでしょうか。

 開催都市で私が行ったことのあるのは、ワルシャワとグダニスクですが、ワルシャワはもう17年も前だからなあ(初めてベラルーシに行った1994年7月に、その続きでワルシャワにも行った)。随分変わっただろうなあ。

 こちらの記事によると、ポーランドのトゥスク首相は今般、次のように述べたそうです。ポーランドはユーロ2012に向けスタジアムおよび空港の建設がスケジュール通りに進んでいる。主な目標を達することができた。大会まで500日という現時点で、大会に決定的な意義を有する投資は一切無駄にならなかったと、自信をもって断言できる。

 すいません、アホみたいな記事で。


ブラッター会長、「ロシアは2014年にも優勝をめざすべき」

No.0029 2011年1月23日

 報道によれば、本日1月23日、サンクトペテルブルグでロシアに2018年FIFAワールドカップの開催権を正式に授与する式典が行われ、FIFAのブラッター会長やロシアの関係幹部がこれに出席しました。

 こちらの記事によると、ブラッターは会見の席で、ロシアが近年適切な運営によってサッカーの実力を向上させていることを賞賛した上で、次のように述べたそうです。「ロシアは2018年のワールドカップで勝利するという目標を立てている。これは正しい目標だ。しかし、貴国が正しい方向に進むなら、それより早く2014年のワールドカップで世界チャンピオンになることをめざしてもいいのではないか?」  これに対し、ロシア・サッカー協会のフルセンコ会長は、「2018年に優勝する自信はある」と述べるにとどまり、2014年のことには触れなかったようです。


ユーロ2012準備作業の中間決算とこれから

No.0028 2011年1月18日

 こちらの記事に、ウクライナがユーロ2012に向けて これまでに行ってきた準備作業と今後の課題について論じた記事が出ていますので、抄訳しておきます。

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 2010年の初めに政権が地域党に代わり、それがユーロの準備作業にも反映することとなった。新政府は「2012欧州選手権準備問題調整局」を廃止し、新たな「ユーロ2012庁」を創設した。そしてそのトップに、ドンバス・アリーナ(ドネツィク市にあるシャフタールの本拠地)の建設を指揮し、キエフのオリンピック・スタジアムの改修やドネツィクの5ツ星ホテル「ドンバス・パラス」建設も手がけたことのあるV.コヴァレウシキー(ロシア語:V.コヴァレフスキー)を起用した。その権力は絶大で、1つの請負業者が公開入札なしで準備作業のための資材やサービスを一手に調達するようになった。地域党に近い企業が仕事を受注したりした。

 ただし、ユーロ2012の準備作業の最高責任者は結局のところコレスニコフ副首相であり、同氏は最近、インフラ大臣の肩書きも加えた。それ以降、ユーロの準備作業に関連した問題は、彼の同意なしでは一切決まらなくなった。ただ、それまでの準備作業が遅れ気味で、ウクライナが開催権を失ったり、あるいは開催都市を減らされる危険性があったことから、それで当局の対応が厳格になったという側面もある。確かに、以前は、調整局、家族・青年・スポーツ省、その他の関係機関の権限分担がファジーで、それが遅れにつながっていたことも事実である。ちなみに、前政権から引き継いだ時点で、キエフのオリンピック・スタジアムの改修作業は予定から5ヵ月も遅れていたという。

 3月初頭の時点では、ウクライナでの開催自体が危ぶまれていた。UEFAの役員がウクライナBプランなるものを語り出したり、ドイツなどの国が喜んで代わりの開催国の役割を買って出る用意があることを表明したりした。また、UEFAの判断では、リヴィウ(リヴォフ)のスタジアムがとくに危険領域にあるとされていた。しかし、幸運なことに、事態は調整された。

 2010年5月、政府は新たなユーロ準備プログラムを採択した。それによれば、大会準備予算は160億グリブナ増額され、総額1,425億グリブナとなる(注:現在、1グリブナ=10円くらい)。2010年には、約500億グリブナの支出が計上されてい た。これとは別に、投資家の資金を700億グリブナ導入するという計画だった。しかし、ユーロに向けて、民間投資を体系的に誘致する試みは現時点でなされておらず、おそらく政府がまた借入を行って、国庫でプロジェクトを実施せざるをえない公算が大きい。

 2011年に関しては、政府は大会準備費を235億グリブナ増額し、610億グリブナとなった。うち半分強が、中央政府および地方政府による財政支出である。ユーロ2012庁は主要インフラの整備のために65億グリブナを資金を得ることになる。ウクライナの納税者が、これだけの出費のモトをとれるかどうかは、時間が明らかにするだろう。

 適切な運営をすれば、サッカーの大イベントで国に利益をもたらすことは、充分可能だろう。しかし、ウクライナの場合には残念ながら、ユーロ2012関連の施設にまつわる巨額の横領に対し、多くの役人が訴追されている。こうした事例は例外的ではなく、大会準備の様々な分野で見られる。

 今後は、ユーロ2012実施に決定的な役割を果たすのは、政府というよりは、国民である。まさに国民の参加に、大会の成功がかかっている。政府の側は、国民が大会に積極的に関与するように、あらゆる手段で動機付けをすべきだ。ウクライナが、世界のサッカーファンや観光客に魅力を感じてもらえるか、それとも第三世界の国という嫌な印象しか残せないのか、そのことがかかっている。


2010年のウクライナ代表

No.0027 2011年1月16日

 No.0001〜No.0026の記事は、過去に他のコーナーやブログに書いた文章をコピーしたもの。本コーナー向けに書く記事は、実質的にこれが初となります。

 12月にウクライナに出張した際に、こんな雑誌を見かけたので、買ってみました。『フットボール』誌という現地のサッカー誌の増刊号のようです。ユーロ2012年関連情報、とりわけウクライナ代表の最新情報を掲載しています。

 ウクライナは南アフリカW杯に出場できず、またユーロ2012も開催国のため予選免除です。したがって、ウクライナ代表は2010年に9試合を戦ったものの、すべて国際親善試合でした。ユーロの本番まで真剣勝負の機会が得られないなかで、どうやって強化を遂げていくかというのが、大きな課題となります。ちなみに、2010年9月にコレスニコフ副首相が来日した際に、日本VSウクライナ戦を組むという話が出ましたが、スケジュールが合わなかったのか、その後、立ち消えになってしまったようです(今回の ヤヌコーヴィチ大統領の訪日で、復活しないとも限りませんが)。

 公式戦ではないのであまり参考にはなりませんが、ウクライナ代表の2010年の戦績は4勝、4引き分け、1敗でした。1敗は、10月11日にブラジルに喫したものです。2010年の主な得点者は以下のとおり。

5得点:O.アリエフ(ロコモティブ・モスクワ)

2得点:A.シェフチェンコ(ディナモ・キエフ)

2得点:E.コノプリャンカ(ドニプロ・ドニプロペトロウシク)

 シェフチェンコは10月8日のカナダ戦で、独立後のウクライナの選手として初めて、代表100キャップを刻みました(その後、A.ティモシチュークも)。シェフチェンコはこれまで、国際Aマッチで通算45ゴールを挙げています。

 この雑誌、もっとじっくり読めば色々面白そうですが、なかなか読む時間がありません。


スカパー!欧州サッカーセレクション

No.0026 2011年1月6日

 日本のサッカーもいよいよシーズンオフに突入し、観るものがなくなったので(近くアジアカップがあるが…)、スカパー!の「欧州サッカーセレクション」に加入してしまった。今まで、どちらかというとヨーロッパのサッカーとは距離を置きたいと思ってたんだけど、今年からは2012ユーロや2018W杯に向けた動きを真面目にレポートしたいと思っているので、遅れ馳せながら加入した次第。まあ、あんまりじっくり観てるヒマもないんで、ロシアとかウクライナに関係した試合に限られるとは思うんだけど。

 で、早速、再放送ながら、今シーズンのチャンピオンズリーグ・グループステージのシャフタール・ドネツィクVSアーセナル戦を観戦。シャフタールは、今回初めて、念願のグループステージ突破を決めたんだけど、このアーセナル戦の勝利が大きかったみたい。

 ユーロに向けて完成なったドンバスアリーナというのを初めて見たけど、本当に一流のスタジアム。客もそこそこ入っているみたい。

 ただ、シャフタールのサッカーそのものは、前の方のブラジル人3人に攻撃はお任せという感じで、あんまりチームとしての魅力は感じなかったな。「成功は買える」といったところでしょうか。

No.0025 2011年1月2日

 こちらの記事を見て驚きました。ロシアのサッカー・プレミアリーグの「サトゥルン」が財政難を理由にプレミアからの撤退を決め、しかも今年に入ってから同様の決定を下したのはもう3チーム目だというのです。そのなかには、巻誠一郎の所属するアムカル・ペルミも含まれており、アムカルは自主的に2部リーグへの降格を決めたとのこと。

 早速、現地の報道を確認したところ、確かにそのような動きが生じているようです。アムカルのサポーターがチームを支えるための募金活動を始めたとか、サトゥルンのサポーターがプーチン首相に直訴するとか、色んなニュースがあります。ただし、正確に申し上げると、サトゥルンの場合はプレミアからの撤退というよりも、チームの解散ということが取り沙汰されているようです。2018W杯向けにモスクワ州に建設するスタジアムを、サトゥルンが使用することになっているのに、早くもその青写真が狂い始めたことになります。

 他方、上掲のニュースではプレミアからの撤退を決めたのは3チーム目とされていますが、私が確認した限りでは、直近で話題になっているのはサトゥルンとアムカルだけであり、おそらく誤報ではないかと思われます。あるいは、2010年のシーズン初めにFCモスクワというチームがスポンサーを失いプレミアから離脱しているので(2010年12月にクラブ解散)、それを含めているのかもしれません。

 なお、先に執筆したレポートに掲載しましたが、2010年ロシア・プレミアリーグの最終結果は下表のとおりです。10位のチームと14位のチームが離脱の危機に直面しているわけですね。アムカルは、得失点差で辛くもプレミア残留を決めのに…。なお、両チームが実際にプレミアから離脱した場合は、1部から上位のチームが順次昇格することになります。ただ、今後の成り行き次第では、降格するはずだったアラニアとシビリが特例で残留するといったこともあるかもしれませんね。


2018ロシアW杯に関するレポート

No.0024 2010年12月26日

 このほど、現在得られる限りの情報を私なりに集大成し、2018ロシアW杯の開催計画とその課題について論じたレポートを執筆いたしました。私は基本的に、発表したレポートは、1年経ったら本HPでも無料公開するという方針をとっているのですが、この2018ロシアW杯レポートは鮮度が命ですし、半分趣味で書いたようなところもあるので、もう本HPにアップしてしまうことにします。こちらからダウンロードしてください。


No.0023 2010年12月17日

 ハルキウ(ハリコフ)を拠点とするDevelopment Consulting Holdingという不動産開発会社のオーナーで、サッカークラブ「メタリスト・ハルキウ」のオーナーとして知られるオレクサンドル・ヤロスラウシキー(アレクサンドル・ヤロスラフスキー)という大富豪がいます。ユーロ2012の会場の1つをハルキウに誘致することに尽力し、関連の開発も手掛けている人物です。最近では、保有していたウクルシブバンクの株式18.6%を、仏系のBNP Paribasに売却し、3億ドルを手にした、なんて話題もありました。

 今回ハルキウで購入したローカル雑誌『グベルニヤ』の2010年10月号に、ヤロスラウシキー氏のインタビュー記事が出ていましたので、面白いと思った発言要旨だけ整理しておきます。

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 我が社はハルキウ空港のターミナルも完成させたし、年末までには国の資金援助も利用しつつ恐らく滑走路も出来上がるだろうし、2011年には完全に稼働させられる。スタジアムはすでに完成し、現在は5つ星ホテルの建設が急ピッチで進んでいる。

 (空港の新ターミナルは、貨物の処理もできると言われているが?)これは年間150万〜200万人の利用を想定した旅客ターミナルだ。貨物ターミナル、ロジスティック・センターに関しては、今ようやく建設しようかというところである。

 (年間150万〜200万人という需要予測は過大ではないか?)我々はオーストリアとドイツの専門会社に発注して厳密なシミュレーションを行ったところ、ハルキウの潜在的な旅客需要は480万人だという数字が出た。現在、スムィ州、ポルタヴァ州、ザポリージャ州の一部、そしてロシアのベルゴロド州の住民など年間60万人が、キエフの空港を利用している。彼らは、キエフまで300kmも移動するくらいなら、ハルキウの空港を喜んで使うだろう。

 貨物ターミナルを建設しようとしているのは、輸送キャパシティの不足ゆえであり、トラック輸送業者の仕事を奪ったりすることはない。すでに市場が満たされているのなら、我々は参入しない。人口の増大を考慮すれば、貨物需要はさらに増える。

 (ロシアと協力する可能性は?)自分はロシアには会社がなく、ウクライナの仕事だけで手一杯である。

 個人的に、以前はサッカーに興味はなかった。しかし、私はアフメトフと以前から懇意にしており、彼の影響でこの素晴らしいサッカーというものに目覚めた。今では、ハルキウの奇跡のようなスタジアムを持つまでになったわけだ。

 (メタリスト・ハルキウの現状と見通しは?)安定しており、過去4年間、ウクライナ・プレミアリーグで3位を占め、国際大会のユーロリーグに出場している。2010年に強化を進め、ブラジルの優勝チームから最も有能なタイソンを獲得、ロマンチュークやヴィリヤグルも獲得した。我々にはリクルート・チームがあるが、私が日常的にそれを統括している。

 (ヨガをやっているそうだが、精神・肉体、どちらの目的か?)ヨガを教えてくれたのは(ロシアの大富豪)デリパスカで、彼は長年ヨガをやっていて、その効果を得ていた。私は飛行機に乗るのが仕事のようなものなので、本格的なスポーツをやる余裕はないが、ヨガなら飛行機の上でもできる。精神面だけでなく、肉体面でも有益。


W杯に向けたロシアのインフラ整備コスト

No.0022 2010年12月13日

 ウクライナ国民は自国でユーロ2012が開催されることを自慢に思っていたはずですが、ロシアがさらに大きな大会であるFIFAワールドカップの開催権を射止めたことで、複雑な心境でしょう。

 で、ウクライナで色々と雑誌を物色していたところ、週刊誌『コレスポンデント』の2010年12月10日号(No.47)に、関連記事が出ていました。記事のテキスト自体には特別目新しいことは書いてありませんでしたが、ロシアが大会に向け実施しなければならないインフラ事業のコストなどが整理して示されているのが有益です。ただ、招致の際のプレゼンテーション資料か何かが原典と思われ、ロシアの新聞雑誌などにもすでにこうした情報は出ているはずで、単に私が初めてこの手のデータを目にしたというだけのことだと思います。

 いずれにせよ、この記事によれば、ロシアがW杯開催のために費やさなければならないコストは600億〜700億ドルに達するとのことです。内訳は、交通インフラ整備:350億〜400億ドル、旅行関係のインフラ整備:110億ドル、スタジアム建設費:38億ドル、その他:52億〜152億ドルとされています。

 また、大会までに、7,700kmの道路、2,000kmの鉄道、大会参加チーム収容のためのホテル32軒、64面の練習場、72のトレーニング施設、観客のためのホテル10万室を建設しなければならない、とされています(参加チームが32、スタジアムが16なのに、「64面の練習場、72のトレーニング施設」というのはおかしいような気もしますが)。

 日本が2002年大会のために道路や鉄道を新規につくったという話は聞いたことがありません。ロシアにとってW杯は、単に世界的なイベントが来るというだけでなく、列島改造的な意味合いを持つ歴史的な出来事になると思います。


ロシアW杯の会場に関する追伸

No.0021 2010年12月10日

 前回、2018年FIFAワールドカップ・ロシア大会の会場に関する記事を書きましたが。12月7日付『ロシア新聞』に、「ロシア2018」申請委員会のアレクセイ・ソロキン委員長のインタビュー記事が出ていますので、それにもとづいてちょっと情報を補足します。

 ソロキン委員長は、概略以下のように述べています。現在名前が挙がっている13都市は、開催が確定しているわけでは決してなく、正式な開催都市決定は全面的にFIFAに委ねられる。ロシア側と協議をすることはあるが、あくまでもFIFAのイベントなので、ロシア側に開催都市決定権はない。開催都市が最終的に確定する期限は2013年初頭で、それより早まることはありうるが、それより遅いことはない。13都市以外のロシアの他の都市も誘致したい意向を表明しており、ロシア側としてはそれに関してFIFAに要望を出すことはできるものの、決めるのはあくまでもFIFAで、よほど説得力のある要望でなければ聞き入れられることはなさそう。13という数も決まっているわけではなく、もしかしたら10くらいになるかもしれない。

 それで、前掲の記事で私は、現在挙がっている13都市はだいたい順当かなと述べました。改めて眺めてみると、13都市のうち、私が行ったことがあるのが9都市、行ったことのないのが4都市でした。

 ちなみに、まだ行っていないのは、ヴォルゴグラード、ロストフナドヌー、ソチ、サランスクです。ヴォルゴグラード、ロストフはそれぞれ人口百万前後を擁する南部ロシアの要諦であり、これが未踏というのはロシア地域オタクの名折れです。ソチは、次回オリンピック開催地として知られ(W杯もオリンピックのスタジアムを流用するらしい)、ロシア人にとっては憧れの保養地ですが、外国人のビジネスマンや研究者が訪れるような用事もないので、これはしょうがないでしょう。

 誰が見ても、一番解せないのは、サランスクでしょうね。モルドヴィア共和国の首都。人口は30万人。そのサランスクでは、4.5万人収容の新スタジアムを、すでに建設中ということです。どうするんですかね、大会のあと。人口の15%に相当する収容能力のスタジアムなんか建てちゃって。スタジアムも、いくつか建てられるであろうホテルも、大会のあとは使い道なし。人口61万人のヤロスラヴリも微妙だけど、ヤロは世界遺産なだけに多少の観光客は見込めるし、スポーツ熱もそれなりに高いから、救いはあるかな。

 逆に、ヨーロッパ・ロシアの大都市で、抜けているものとしては、鉄鋼業の街チェリャビンスク、バシコルトスタン共和国のウファ、巻君が現在プレーしているペルミなどが挙げられます。

 それで、個人的に思ったんだけど。サランスクなんかはやめて、ミンスクを加えてもらうわけにはいかないでしょうかね?  ミンスクならほぼ人口200万ですよ。ヨーロッパからのアクセスも良いし。まあ、今さらロシア・ベラルーシ共催に変えるわけにはいかないだろうけど、一応両国は名目上、国家統合の途上にあることになっているわけだから。FIFAくらい無節操な組織なら、強く押せば、このくらいの融通、利かせてくれそうな気がするけど。

 私が思うに、1999年まで、つまりエリツィン時代だったら、ロシアはたぶん「ロシア・ベラルーシ共催」で立候補したのではないでしょうか。でも、今や、そんなこと話題にもならない。まあ、両国の国家元首が名指しで罵り合っているわけだから、無理もないけど。


2018年ロシアW杯、とりあえず開催都市についての雑感

No.0020 2010年12月6日

 本日は雑誌の編集作業の徹夜明けで、自宅でぐったりしておりました。ゆえに、仕事っぽいことは全然やる気になれず。で、明後日8日からはウクライナ出張ですので、当面HPの本格的な更新はできそうもありません。

 ですので、趣味の延長上のような話題ですが。2018年にFIFAワールドカップがロシアで開催されることが決まって、私はロシアのどの都市が開催地になるのかすらも知らなかったので、簡単に調べてみました。

 ロシア語版ウィキペディアによると、現在のところ13の都市が開催候補地となっているようです。そして、それらは5つの地域的なブロックに大別されるとのことです。中央、北、ヴォルガ、南という4つの「クラスター」と、エカテリンブルグです。具体的には以下のとおり。まあ、だいたい順当な感じがしますね。

■中央クラスター

・モスクワ

・モスクワ郊外

■北クラスター

・カリーニングラード

・サンクトペテルブルグ

■ヴォルガ・クラスター

・ヴォルゴグラード

・カザン

・ニジニノヴゴロド

・サマラ

・サランスク

・ヤロスラヴリ

■南クラスター

・クラスノダル

・ロストフナドヌー

・ソチ

■エカテリンブルグ

・エカテリンブルグ

 ただし、FIFAでは最適な開催都市は12としているので、いずれかの都市がこれからふるい落とされる可能性もあるとのことです。

 それで、ロシアは広大な国なので、開催都市間の移動が大変なのではないかと心配する向きもあると思います。私が見るところ、移動の距離自体は、大した問題ではないと思います。シベリアや極東の都市が含まれていたら大変でしたけど、一番東でもウラル地方のエカテリンブルグで、全部ヨーロッパ・ロシアの範囲内に収まっていますので。現実的に考えれば、移動手段は飛行機に限られると思われ、だとしたら、どの都市もモスクワからだいたい2時間くらいで着くので、そんなに問題はないでしょう。

 ただし、モスクワ⇔地方都市の移動は問題ないにしても、地方都市間の移動となると厄介です。私も先日のロシア出張でカザンからサマラに移動しましたが、お隣同士の地域であるにもかかわらず利用可能な移動手段がなく、やむなくカザン→モスクワ、モスクワ→サマラと飛行機を乗り継ぐことを余儀なくされました。上掲の分類では、ヤロスラヴリとサマラがともに「ヴォルガ・クラスター」でご近所会場のような錯覚を覚えますが、実際に移動をしたら一日がかりでしょう。現実的には、すべてモスクワをハブにするような動き方になってしまうかもしれません。

 ヨーロッパでサッカーの国際大会があると、オランダ人なんかは、さながら民族大移動のように車に乗り大挙して押し寄せてきますが、彼らはロシアまで来るんでしょうかね?  サンクトペテルブルグやモスクワまではたどり着けるでしょうけれど、そこから先の地方都市はどうかなあ?  私の感覚から言うと、外国人旅行者が自分で車を運転してロシアの地方都市巡りをするというのは、かなり高いハードルのような気がします。

 都市間の移動もさることながら、現状では空港⇔ホテルとか、ホテル⇔会場とか、そういう移動も心配です。外国人が地下鉄だのバスだのロシアの公共交通を利用して動くというのは、ほぼ不可能と思われますので。これから外国人の使用に耐えるような送迎サービスを整備していくのか、はたまたW杯期間中だけ特別にリムジンバスみたいなものを提供するのか、いずれにしても何らかの対応が必要だと思います。


サマラのクルィリヤ・ソヴェトフ

No.0019 2010年11月28日

 前の記事の話の続き。

 タタルスタンのカザンでは、街の至るところでルビン・カザンのグッズが売られていた。それと同じくらいに、アイスホッケー・チームの「アクバルス」のグッズも売られていた。というか、そもそも、観光客向けの土産物屋が異常に多い街で、必然的にそうしたスポーツ関係のグッズに出会う機会も多いわけである。

 それとは対照的だったのは、サマラ。ここには、「クルィリヤ・ソヴェトフ」というロシア・プレミアリーグ所属のサッカー・チームがある。一時期、松井大輔を獲得するのではないかと話題になった中堅クラブだ。しかし、サマラの街を歩いていても、クルィリヤ・ソヴィエトにまつわるものに遭遇する場面がほぼ皆無であり、写真に見るようなポスターが唯一目に付いた程度であった。街におけるクラブの存在感という点では、ルビン・カザンに遠く及ばないのであろう。また、ルビン・カザンのスタジアムが街の中心にあり、いやでも目に付くのに対し、クルィリヤの「メタルルグ」というスタジアムは街の外れにあって、私も実際に見る機会はなかった。

 ちなみに、「クルィリヤ・ソヴェトフ」というのは「ソビエトの翼」という意味。戦時中に、航空産業を基盤につくられたチームなので、こういう名前になっているわけですね。


スポーツの街、カザン

No.0018 2010年11月27日

 タタルスタン共和国のカザンは、「ロシア第3の首都」と呼ばれたりすることもありますが、もう一つ「ロシアのスポーツの首都」とも称されているようです。つまり、スポーツ大国ロシアのなかでも、とくにスポーツが盛んな街として知られているわけですね。

 なかでも、今日では何と言ってもこれでしょう。サッカー・クラブのルビン・カザン。左下の写真は、スタジアムと、チャンピオンズリーグの看板を捉えたもの。

 で、そのカザンでは、2013年にユニバーシアードが開かれるのです。会場や宿泊施設の建設も、かなり進んでいて。日本人も、当然、大勢がこの街を訪れることになるでしょう。右下の写真は、地元の青年有志が、ユニバーシアードに向け街の美化に取り組み、壁の張り紙をはがしている様子。たぶん、与党「統一ロシア」の地方青年部とか、そうひう人たちなんじゃないすかね。正直、苦手ですけどね。こういう優等生というか学級委員タイプの人たち。

 


ロシアのスポーツ新聞

No.0017 2010年11月12日

 初めて、ロシアのスポーツ新聞を買ってみました。手前が『ソヴィエツキー・スポルト』、奥が『スポルト・エクスプレス』。前者はタブロイド的な感じで写真とかも多いけど、後者はモノクロの紙面に細かい文字がびっしり。ともに日本のスポーツ新聞よりははるかに読みごたえがある。

 ゼニト対CSKAというビッグゲームの翌日の号なので、その記事が大半。スポルト・エクスプレスでは、本田はW杯後尊大な振舞いが目立ったが、この試合は良かったと論評。採点は6・0と平均点。


No.0016 2010年11月11日

 ロシアで現地の新聞を読んでいて、あまりにも嘆かわしいと思った話があります。11月9日付の『RBCデイリー』紙の一面トップに出た記事です。

 ロシアでは今日でも、権力関係者が自分にとって都合の悪い相手を力づくで抹殺してしまおうとすることが珍しくないのですが、この『RBCデイリー』の記事によると、最近では権力関係者がサッカーのフーリガンを雇って政敵を襲撃するパターンが主流となっているとのことです。最近もモスクワでジャーナリストが襲撃を受けて瀕死の重傷を負う事件がありましたが、手を下したのはスパルタク・モスクワの暴力的なサポーターたちだったと言います。襲撃依頼者とサポーターを結び付ける仲介者がおり、謝礼は1件当たり1万〜3万ドル程度。襲撃者は被害者が誰であるかもしらずに襲うことが多い。モスクワで最も暴力的なサポーター・グループを抱えるのは、スパルタク、CSKA、ディナモ、トルペドである。彼らは日常的にはライバルチームのサポーターと抗争しているが、カネをもらえばこうした委託襲撃も引き受ける、とのことです。

 ごく一部の、例外的な人たちの話であり、ロシアでも多くのサポーターは純粋にサッカーを愛していると信じたいところですが。ただ、ロシアのサッカーがこのような暗部を抱えているらしいということは、知っておかなければならないでしょう。

No.0015 2010年10月23日

 最近、個人的に非常に驚いたことがあります。UEFAチャンピオンズリーグに次ぐヨーロッパのクラブ国際大会として知られる「UEFAヨーロッパリーグ」で、こんな試合があったのです。

FCシェリフ VS BATEボリソフ

 このうち、ベラルーシのBATEボリソフはチャンピオンズリーグの本戦に出場したほどのチームですので、サッカーファンの間ではある程度知られる存在ですが(私のHPでも触れたことがありました)。「シェリフ」というと、まさかあの「シェリフ」なのだろうか…。

 やっぱりそうでした。FCシェリフは、ロシア語系住民がモルドバからの分離独立を唱えている「沿ドニエストル共和国」の首都チラスポリを本拠とするチームでした。以前レポートに書きましたが、2006年に沿ドニエストル共和国を訪問した際に、やたらと立派なスポーツスタジアムが目に付き、犯罪的色彩の濃い財閥グループ「シェリフ」が建てたものであると聞かされてはいましたが。まさにそのスタジアムを本拠としているのが、FCシェリフだったというわけです。

 しかし、沿ドニエストル共和国は、国際的な承認こそ得られていないものの、実質的にモルドバから独立した存在。FCシェリフは一体、どこの国の代表として、ヨーロッパリーグを戦っているのでしょうか?  結論から言えば、モルドバの代表ということでした。というか、調べてみたところ、FCシェリフは普通にモルドバ・リーグに所属しているのですね。しかも、1997年4月にクラブが創設され、1998年7月にモルドバ・リーグに参戦したという浅い歴史ながら、現在モルドバ・リーグを10連覇中ということが分かりました!  いくらレベルが落ちるモルドバ・リーグとはいえ、10連覇というのは凄すぎる!

 ちなみに、現在のモルドバ代表チームのメンバーを見ると、FCシェリフの選手が1人もいません。ただし、スタニスラフ・ナマシコという正ゴールキーパーは、元々はFCシェリフの所属で、現在ロシアのクバンFCに移籍中(レンタル?  完全?)とのことです。FCシェリフの選手をモルドバ代表として招集するのをはばかる空気があるのかどうかというのは、良く分かりません。

 いずれにしても、沿ドニエストル共和国の分離独立の動きにもかかわらず、ことサッカーにおいては、同地域はモルドバ本国に組み込まれた状態にあるということか。その結果、分離地域の暴力団まがいのチームが(選手に罪はないが)、一国の代表として国際大会を戦っているという…。

 ところで、UEFAヨーロッパリーグといえば、本田圭佑のCSKAモスクワも出場していますよね。ということは、勝ち上がりや組み合わせ次第では、本田圭佑がチラスポリで試合をする可能性もあるのか(笑)。グロズヌィだの、チラスポリだの、本当にご苦労なことです。

 写真は、左が先日のFCシェリフ対BATEボリソフ戦の模様(クラブの公式サイトより拝借)。黄色のユニがシェリフ。試合は1対0でアウェイのBATEが勝利。ちなみにBATEは今回の遠征でチラスポリには宿泊せず、モルドバの首都キシニョフに宿泊してそこから74km離れたチラスポリに移動して試合を行ったそうです。右の写真は、越すに越されぬドニエストル川で、2006年に私が撮影したもの。


チェチェン・グロズヌィでのフットボール

No.0014 2010年10月19日

 本田圭佑が久し振りに得点を挙げたというニュースが出ていて、ああそうかいなと思って読んでみたら、その内容にびっくり。何と、相手はチェチェン共和国の「テレクFC」というチームで、試合はその首都グロズヌィで行われたものだという。日本のトップ選手がロシアでプレーするということ自体が大きな驚きだったけど、そうか、ロシアでプレーするということは、グロズヌィでも試合をするということを意味するのか。これって、我々のようなロシア関係者には、衝撃。あの、戦争とテロの街で、日本選手が……。

 テレクっていうチームがあるのは何となく知ってたけど、チェチェンのチームとは思わなかったな。テレクというのは北コーカサスを流れる川の名前で、グロズヌィそのものは通っていないけど、チェチェン共和国を横断するような形で流れているから、共和国の象徴のような感じでチーム名になっているのだろうか。

 内戦が激しかった1995〜2000年には、テレクFCは当然ロシアリーグには参加できず、当時は共和国内のリーグ戦を戦っていた。この当時、伝説的な野戦司令官シャミル・バサエフがテレクFCでプレーしていたというから、滅茶苦茶な話である。2006年には、暗殺された大統領の名前をとって、「アフマト・カディロフ記念テレクFC」というのが正式なチーム名になった。う〜む、やっぱり、戦争とテロの匂いがプンプンするチームだなあ。

 写真はクラブの公式サイトより。


No.0013 2010年9月23日

 本田圭佑選手の加入で、一躍日本人の間でも有名になったロシアのサッカークラブ「CSKAモスクワ」。個人的に、CSKAの試合を見ていて疑問に思ったのは、なぜ石油会社「バシネフチ」の広告がCSKAのユニフォームに入っているのかという点。というのも、バシネフチというのは、バシコルトスタン共和国というところを拠点とする石油会社であり、私の認識では、民族資本色が非常に強いところでしたので。なぜ、そういう石油会社が、首都モスクワのチームのスポンサー役を買って出ているのかというのが、よく分からなかったのです。

 ところが、今般ちょっと調べ物をしていて、答えのヒントが見付かりました。実は、モスクワを拠点とする新興財閥「AFKシステマ」が2009年に、バシネフチをはじめとするバシコルトスタン共和国の石油・化学関連企業を、買収していたのですね。それで、バシネフチがCSKAモスクワのゼネラルスポンサーになったのが2010年2月ということですので、完全に話の辻褄が合うわけです。

 No.0011の記事で紹介したとおり、バシコルトスタン共和国のラヒモフ前大統領一族の不正蓄財問題が取り沙汰され、とくにバシネフチのオーナーの座に就いていた大統領の息子ウラル・ラヒモフが追及を受けていました。おそらくは、連邦政府サイドからの攻撃に耐えかね、ラヒモフ一族はバシネフチをはじめとする石油資産を手放さざるをえなくなったのでしょう。一方、モスクワを拠点とするAFKシステマは、以前からエネルギー分野への進出を目論んでいたところであり、うまい具合に、ラヒモフ一族から取り上げた石油資産の受け皿となったと、そういうことではないかと思われます。

No.0012 2010年9月20日

 今週、ウクライナのコレニスコフ副首相が日本に来るみたいです。コレスニコフ氏は、ウクライナ・ポーランド共催の2012年ヨーロッパ・サッカー選手権(ユーロ2012)の組織を担当する副首相ですね。そこで、予習というわけではありませんが、先日コレスニコフ副首相がインターファクス通信のインタビューに応じた際の発言のなかから、ユーロ2012関連箇所に絞って、発言要旨を以下のとおりまとめておきます。

 コレスニコフ副首相が、日本に何をしに来るのかはよく分かりませんが、インタビューの末尾に出てくるようにウクライナは2022年冬季五輪の招致をめざしているので、あるいはその支援要請が目的かもしれません。

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■ユーロ2012がウクライナにお金をもたらすという期待がありますが、中小企業はどういうことを期待していいのでしょうか。

 その可能性は無限だ。まずは外食および小売業。3週間で大儲けするのは難しいにしても、良い起業の機会にはなる。また、土産物の需要も大きく、手作りのものでもいい。ユーロ2012年のシンボルマークが入ったようなものというよりは、ウクライナの民芸品、ウクライナに関係したものなら何でも、需要が大きくなるだろう。

■大会の組織のためには、旅行者に外国語で対応できる人間たちが必要になりますが、いつどのように外国語を教えるのでしょうか。

 我々はすでにボランティア希望者に英語を教える準備はしている。ただ、教室を始めるのは大会開始半年前である。一方、主要都市のコールセンターで働くドイツ語、英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語ができる2万4,000人の専門家は、近々養成を始める。ロシア語については、……とくに教える必要はないだろう。ちなみに我々は、旅行者の50%はロシアから来ると予想している。というのも、ウクライナのドネツィクからロシアのロストフまでは200km、ウクライナのハルキウからロシアのベルゴロドまでは90kmしかなく、両国間はビザなしだから。もっとも、我々は世界中どこの国からの客人も歓迎するが。

■その宿泊場所は?

 UEFAからの申請、すなわち出場チームや、そのパートナーたち等の宿舎は1万7,000部屋分で、それは確保した。残りの人たちについては、今のところ3つ星より下になる。

■代替的な宿泊案、たとえばドニエプル川に客船を浮かべるといった方法は?

 ドニエプルだけでは足りないだろう(笑)。ちなみに、もしもウクライナが将来的に夏季オリンピック誘致に乗り出した場合、まさに水上施設の未整備がネックとなる。

 ユーロ2012に向けては、国内のある造船所にドニエプル川クルーズのための客船複数を発注しようとしているところであり、カニウ、チェルカスィ、シェフチェンコゆかりの地などをめぐることを計画している(注:もちろん、サッカー選手のアンドリー・シェフチェンコではなく、詩人のタラス・シェフチェンコの方)。カニウでは、ターミナル、ヘリポート、河川港を建設しようとしており、シェフチェンコの記念碑まで至るケーブルカー建設についても検討している。

 代替的な宿泊地に関して言えば、各開催都市に巨大な広場を用意し、そこにコミュニケーションインフラを整備して、さらに人々がキャンピングカーで宿泊できるようにする可能性も検討する。

■大会開催準備は間に合うのでしょうか。

 前政権の下で遅延したが、大会までには必ずキエフ、リヴィウ、ハルキウ、ドネツィクの完成させ、新空港と都市を結ぶ道路を建設し、キエフ〜西部国境道路、キエフ〜ハルキウ間、ドネツィク〜ロストフ間、リヴィウ〜クラコヴェツィ間幹線道路を改善する。ただ、リヴィウからドネツィクまでは1,300kmで、正直言ってかなり長い。もっとも、 ヤヌコーヴィチ大統領は、ウクライナ国土を自動車で13〜14時間で横断できるようにすることを可能にするよう、指令を出している。

■ロシア・ズベルバンクが、ユーロ2012に向けウクライナの道路建設に20億ルーブルの融資を提供すべく交渉中としていますが、事実でしょうか。交渉はどんな段階ですか。

 部分的に利用する可能性はある。しかし、道路が完成した時に、その利用条件をどうするのかが重要だ。新しい税法典によれば、ガソリンの物品税は道路の新規建設に充てられる。物品税をフルで徴収すれば、年間30億〜40億ドルがもたらされる。現在、既存道路の維持費が年間10億ドルなので、30億ドル程度を新規道路建設に充てられる。

■決勝戦が行われるオリンピック・スタジアムが、首都キエフのど真ん中にあることは、問題がないのでしょうか。

 更地につくられた南アフリカのヨハネスブルク・スタジアムの決勝戦ですら問題が起きており、キエフではさらに困難だろう。ただ、オリンピック・スタジアムで行われるのはたぶん5試合だし、問題は解決できると思う。

■各都市の準備状況は?

 最近キエフのオリンピック・スタジアムを視察したが、完全にスケジュールどおりに準備が進んでおり、よほど突発的なことが起きない限り、間に合う。

 リヴィウは、近郊にトルスカヴェツィ保養地があるおかげで、宿泊条件が最も恵まれている。問題はスタジアムの建設が長らく放置されていたことだが、挽回しつつあるところであり、この秋の終わりくらいまでには当初のスケジュールにまで戻すことができよう。リヴィウの空港では4万平米のまったく新しいターミナル、3,200mの新滑走路が建設されている。 春にはクラコヴェツィ〜リヴィウ間の道路建設にも着手する。

 ドネツィクでは、ウクライナで2番目の規模の5.5万平米の新空港が建設されており、これはハルキウのそれの2.5倍で、キエフ・ボリスポリ空港の新ターミナルと比べても3分の2の規模に上る。ドネツィク新空港は2つのターミナルをもち、世界のあらゆる種類の飛行機を受け入れられる。環状道路は建設中、ロシアに続く道路はしないの道路は完成間近、ホテルの建設も進んでおり、問題はない。

■もうすぐUEFAの理事会があるが、その見通しは?

 我々は、プラティニ会長に約束したこの夏の建設計画を、すべて実行した。もう、2022年カルパチア冬季オリンピック招致準備をしなければいけないのに、君はまだUEFAのことを言っているのか?

■ところで、UEFA2012担当副大臣である貴殿は、大会終了後には何をするのでしょうか。

 慈善団体の会長になる(笑)。真面目に言うと、私にはユーロの他にも、今のところあまり真実味がないかもしれないが、2022年カルパチア五輪の仕事もある。私は、副首相として、環境保護省、青年・スポーツ省、文化・観光省を統括している。


トム・トムスク?

No.0011 2010年8月26日

 最近、日本のサッカー選手の移籍先として、妙にドイツとロシアが増えてきましたが…。また今日も、報道がありました。「フランス2部グルノーブルの日本代表MF松井大輔(29)がロシアの強豪トム・トムスクに3カ月間の期限付き移籍することが25日、有力となった」というのです。

 まあ、移籍云々についてはノーコメントですが、例によって、ロシアの経済地理的な観点から、一言だけ言わせていただきます。この記事によれば、「57年創立のトム・トムスクは西シベリアの大都市ノボシビルスクに本拠を構え、04年までは優勝争いの常連。現在は10位」とされていますが、これは大嘘。同チームは、ノヴォシビルスクではなく、チーム名どおり、トムスク市が本拠地。「トム」という読み方はあまり適切でなく、語尾が軟音化するので、できれば「トミ」と読んでほしいところ。「トミ・トムスク」というのが正解。ちなみに、トミ川という川があり(オビ川の支流です)、それがチーム名になっているわけですな 。


サトゥルン?

No.0010 2010年8月15日

 スポーツニュースで、「ロシア1部リーグ・サトゥルンが、J1新潟の日本代表FW矢野貴章の獲得を検討している」という話が出てますね。

 サトゥルンなんていっても、普通の日本の皆さんには情報が皆無だと思いますので(正直、私もまったく知りませんでしたが)、立場上ちょっと情報を提供しておきます。サトゥルン(英語で言えばサターン=土星)は、モスクワ州にある中堅クラブです。モスクワ州というのは、首都のモスクワ市の郊外部分に相当し、日本で言えば東京の多摩地域のようなものだとご理解ください。モスクワ市から南東に40kmほどのモスクワ州ラーメンスコエ市というところを本拠とし、もともとはラーメンスコエ機器製作工場というところの労働者がつくったクラブチームで、1946年設立だそうです。地図で見ると、ブィコヴォ空港の近くですね。ラーメンスコエには確か、フジフィルムの印画紙裁断工場があったような。ホームスタジアムは、写真に見るような感じです。ウェブサイトはこちらで、英語ページもあります。

 しかし、私個人としては、

ふざけんな、ロシア

 という心境ですが。


No.0009 2010年7月21日

 日本のスポーツ新聞に、本田圭佑がロシアのスポーツ紙のインタビューに応じたことが紹介され、それが断片的に引用されていました。興味をもったので、そのロシア紙のサイトをチェックしてオリジナル記事を読んだところ、それなりに内容のあるインタビューだと感じました。周知のとおり、本田はW杯終了後、日本のメディアの取材にはほとんど応じていないので、これは本田の肉声を伝える貴重な情報ではないかと思い、翻訳してこのコーナーに載せることを思い立ちました。日本の大手マスコミも、本田のインタビューは喉から手が出るほど欲しいはずですが、さすがに大手マスコミはロシア紙のインタビューをそのままパクるわけにはいかないので、私がゲリラ的にこれを紹介しておくことにはそれなりの意味があるのではないかと思います。出所は、『スポルト・エクスプレス』というスポーツ紙のサイトで、記事は7月16日付、インタビュアーはボリス・レヴィン記者。写真も同サイトに掲載されたもので、スルツキー監督と戯れる本田。

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前書き

 南アフリカW杯でプレーしたロシアリーグの選手で、最高のパフォーマンスを見せたのは、CSKAMFだった。数百万のサッカーファンと多くの権威ある専門家が、本田のことを評価しているだけでなく、スターと認めている。ところが、本人はそのことをまったく気に留めていない。昨日、記者は本田にインタビューを試みて、そのことを再認識した(B.レヴィン記者)。

 記者:君は南アフリカに出かける時は単に有名な選手だったけど、帰ってきたら本物のスターになっていた。自分のステータスが一変したという実感はある?

 本田:いや、W杯終了後のオフの期間、とくにネットは見なかったし、増してや新聞・雑誌は読んでないし。ただ、オレがゴールを決めた時、友人や家族が喜んでくれたみたいで、オレにはそれが一番嬉しい。 

 記者:読んでないなら教えてあげるけど、アーセン・ヴェンゲルなんかは君のことを随分褒めていたし、本田は一次リーグで最良の選手だったと言っていたよ。 

 本田:何とも言いようがない。そうした賞賛はもちろん嬉しいことだけど、結局のところ言葉にすぎないわけで、あまり真面目に受け止めるわけにはいかない。エネルギーは、そういった話ではなく、試合だけに集中すべきだろう。増してや、オレはW杯で何も特別なことは成し遂げられなかったんだから。確かに2ゴールは挙げたが、そんなもの偉業とは言えないだろ。 

 記者:じゃあ、自分のパフォーマンスと、チームの結果は、どう評価してるの? 

 本田:評価は難しい。オレたちは、大失敗したわけじゃない。だけど、目標はもっと高かったのに、それを達成できなかった。パラグアイ戦では良いチャンスもあったのに、決めることができなかった。パラグアイ戦でオレが得点できなかったことに関しては、いまだに自責の念を拭い去れない。 

 記者:パラグアイ戦で日本は、最初から「引き分けOK」という感じに見えたけど。 

 本田:それは絶対にない。何としても得点を挙げて勝ちたかった。もっとも、大会中には、緊張感が日増しに高まり、重圧が常に増大して、それが余計な重荷となったことは事実だけど。それでリスクを最小にする戦い方になったわけだけど、試合前にはだれもそんなつもりはなかったんだ。まあ、酷い試合になっちゃったということかな。 

 記者:初戦のカメルーン戦で、君は何度かポジションを変えていた。あれはアドリブでやったの、それとも試合中に最良のポジションを探そうとあらかじめ決めていたわけ? 

 本田:試合前に、オレのポジションについて、監督と話し合った。オレは、チームにとって必要なポジションでプレーするつもりだったけど、何よりも攻撃をやりたいということは監督に伝えた。監督は最初、オレを右サイドで試したけど、右サイドではディフェンスにかなりの労力を割かなければならないことが分かった。そこで監督はオレをフォワードに上げたというわけだ。 

 記者:結局、第2戦から、君はセンターフォワードに上げられたわけだけど、馴れないポジションで違和感はなかった? 

 本田:最初は、自分が最前列にいることに、違和感とは言わないまでも、いつもとは大分違う感覚を抱いた。ただ、そのうちにコツを掴んで、自分の感じでは、第3戦では万事うまく行ったと思う。 

 記者W杯全体に関して言えば、お祭り気分、自分が大イベントに参加しているという実感はあったの?  それとも、ひたすら試合に集中していた? 

 本田:当然、イベントのデカさは常に感じていたよ。それだけに、緊張感はいつもの比じゃなかった。何しろ、国を代表して戦うわけだから。 

 記者:決勝トーナメントで、PK戦で敗れたチームの選手というのは、どんな心境なの? 

 本田:パラグアイ5人目のカルドソがPKを決めた瞬間に関して言えば、正直言うと、自分がどういう心境だったか覚えていない。全体として言えば、大きな失望感を覚えた。敗退したことというよりも、パラグアイ戦を通して自分がチームに貢献できなかったことに関して。 

 記者:ただ、あの試合は、君一人じゃなく、日本代表全体が調子が悪かったじゃないか。 

 本田:そうは思わない。日本のチームメートたちは相手に何もやらせなかったし、攻撃についても……。攻撃がうまく行かなかったのは、他ならぬオレのせいなんだ。日本代表はW杯で堂々と戦ったし、何も恥じることはない。ただ、パラグアイ戦のオレ自身のプレーに関しては、悔やむことばかりだ。 

 記者:決勝ではスペインが勝ったわけだけど、これは順当かな? 

 本田:ああ。ただ、今大会はとても変わったW杯だった。フランス、イタリア、イングランドなどが早々と姿を消し、アルゼンチンやブラジルもベスト8止まり。スペインとオランダが強かったのは、スターの存在というよりも、チームワーク、選手全員が共通の目標のためにチームに献身するという点においてだった。オレにとって今回のW杯の最大の教訓は、勝利できるスターは、システムにフィットしたスターだけだという点だった。 

 記者2010W杯の最大のスターは、誰だと思う? 

 本田:スペインのリーダーたち、ビジャ、シャヴィ、イニエスタだ。彼らは、リーダーというものは自分のためではなく、チーム全体のために働くものだという、良い見本だ。 

 記者:君は日本チームのリーダーだけど、祖国ではどのように迎えられた?  国民的ヒーローという実感はある? 

 本田:日本では、乱痴気騒ぎになっていて、とくに最初の数日間は、大きな喜びに包まれていた。でも、我々が国民的ヒーローを気取るのは尚早だし、少なくともオレに関しては絶対にそう。キャリアが上向きだというのは感じてるけど、頂点を極めるためには、まだまだハードワークしないと。オフの期間中に状況を改めて見つめ直し、自分なりの結論を出す時間があった。その主要点は、すでに発言したとおり。 

 記者:オフの時間に、他に何か面白いことはなかったの? 

 本田:とくに、何も。大阪で、家族と、両親と過ごした。あと、母校を訪問して、歓迎された。変わったことと言えば、山のようにサインをしなければならなかったことで、無給で書記官になったみたい。 

 記者W杯のような大イベントの後に、モスクワの「トルペド」のような地味なチームとやることになるけど? 

 本田:何の問題もない。サッカーはサッカーで、変わりはない。 

 記者:君の商品価値は高まる一方だけど、どんな気持ち? 

 本田:嬉しい限り。 

 記者W杯の後、ACミラン、アーセナル、マルセイユといった西欧のビッグクラブが君に興味を示しているといった記事が毎日のようにマスコミに出るけど? 

 本田:友達たちが知らせてくれるけど、今のところコメントのしようがない。具体的なオファーが来たら当然検討するけど、そもそも別のことで頭が一杯だから。それは、どのようにして、現在契約しているCSKAの力になるかということ。他のことは考えず、CSKAのために全力を注がなければならない。これがサムライ魂なんだ。 

 記者W杯後、CSKAのチームメートたちは君をどのように迎えてくれた? 

 本田:良い成績だったとお祝いをしてくれた。はっきり言うが、日本が決勝トーナメントに進めると信じていたチームメートは多くない。負けたヤツの名前は言わないけど、賭けをしていて、ちょっと稼がせてもらったよ。 

 記者:今の体調はどう?  サマラでの試合には出られる? 

 本田:それを決めるのは監督だけど、8日間まったくトレーニングをしておらず、コンディションが落ちたから、今やるのはきついかな。オレはオランダ・リーグからロシア・リーグに直で移籍してきたから、休養が必要だった。これから、精一杯仕事をするよ。 

 記者:モスクワには似つかわしくない猛暑のなかでリーグ戦が再開するけど。 

 本田:ホント、大変だよ。でも、自然には逆らえないから。 

 記者CSKAでは、ドゥンビヤやトシッチが加入し、ヴァグネルも復帰する見通し。ギリエルメやクラシッチも移籍しないみたいだから、チーム内の攻撃陣の競争が激しさを増すけど、君の考えは? 

 本田:別に気にしない。肝心なのは、自分がどう感じるかで、周りの出来事ではないから。良いパートナーが増えるほど、結構なこと。もちろん、自分自身がしっかりしていれば。


No.0008 2010年7月18日

 ご存知のとおり、ウクライナは2012年のUEFAヨーロッパ選手権をポーランドと共催することになっており、今回の南アW杯も他人事ではないわけですね(その割にはウクライナ代表は出場できておりませんが…)。とくに、スタジアムをはじめとするインフラ建設が滞っていると指摘されるウクライナにとっては、南ア大会の教訓というのが気になるところです。今般、現地『エクスペルト・ウクライナ』誌2010年6月28日号(No.25)に、南アとウクライナのスタジアム建設費を比較した記事が出ていましたので、以下でその要旨を紹介してみたいと思います。

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 南アフリカW杯は、10の会場で行われている。収容人数最小はルステンブルクのロイヤル・バフォケン(4.2万人)、最大はヨハネスブルクのサッカーシティ(9.5万人)だ。ウクライナ各会場は総じて小さく、最小がリヴィウ(リヴォフ)の3.3万人、最大がキエフの7.0万人である。

 南アフリカの10会場のうち、新設スタジアムは4つである。ケープタウンのグリーンポイント(7.0万人)の建設費が6億ドル、ダーバンのモーゼス・マビダ(7.0万人)が同4.5億ドル。両スタジアムは、建設費4億ドルのドネツィク「ドンバス・アリーナ」と、収容人数では同等である。ただ、それぞれに個性があり、たとえばモーゼス・マビダではゴンドラで展望台に登れるようになっていて、そこから海岸沿いの景色を眺められる。ポートエリザベスのネルソン・マンデラ・ベイ(4.8万人)の建設費は2.7億ドル、ネルスプレイトのムボンベラ(4.6万人)は1.4億ドルと、少し安くなる。我々は皆、リヴィウのスタジアムが何とかできてほしいと願っているわけだが、その建設費は1億ドル強である。

 南アの10会場のうち、最も安上がりだったのは、プレトリアのロフタス・ヴァースフェルド(5.0万人)である。同スタジアムは1923年建設と最も古く、元々はラグビーの競技場である。そして、2009年に行われた同スタジアムの改修費は、わずか1,300万ドルだった。ブルームフォンテーンのフリーステート(4.8万人)の化粧直しは3,000万ドルで、またルステンブルクのロイヤル・バフォケン(4.2万人)のそれは4,500万ドルで済んだ。

 ウクライナの場合、ハルキウ(ハリコフ)のスタジアム「メタリスト」(4.1万人)の改修費が、8,500万ドルに上っている。もっとも、南アでも改修費がそれを上回った例はあり、たとえばヨハネスブルクのエリスパーク(6.1万人)の改修には1.4億ドルを要した。

 両大会のメイン会場の比較は、とりわけ興味深い。ヨハネスブルクのサッカーシティは、4.4億ドルの巨費を費やして改修工事が行われ、客席数を1.5万人も拡大した。一方、キエフ・オリンピック・スタジアムの改修工事の結果、収容人数は8.0万人から7.0万人に縮小することになるが、費用は少なくとも3億ドルを要し、さらに拡大する可能性もある。

 客席1座席人当たりの建設・改修費を算出すると、最も高価なのは、ウクライナのドンバス・アリーナと、ケープタウンのグリーンポイントで、約8,000ドルになる。両国のメイン会場は、それぞれ客席1座席当たり約4,500万ドルである。ということはつまり、スタジアム建設費という観点から見ると、ウクライナは南アフリカとほぼ同程度の支出を強いられるということになる。ただし、1人当たりGDPは南アフリカの方が1.6倍大きく、したがって負担はその分だけウクライナの方が重いということになる。


アムカルとは?

No.0007 2010年7月16日

 朝一番にスポーツニュースのサイトを開いたら、「千葉の巻がロシア・リーグに移籍へ」というニュースが出ていて、ビックリ。まあ、本当かどうか知りませんが。

 ロシア経済地理オタクとして、ちょっとだけコメントしておきます。巻が移籍をするとされているのは、ウラルのペルミ地方にある「ペルミ・アムカル」というクラブ。ペルミは重化学工業都市で、アムカルの親会社も化学肥料メーカー。アンモニアの「アム」、カルバミド(尿素)の「カル」をとって「アムカル」というチーム名になったそうです。何という無粋な名前!


スカパー!でロシアリーグ

No.0006 2010年4月30日

本田圭佑選手がCSKAモスクワで活躍をしているということで、スカパー!がロシアプレミアリーグの放映を始めた。日本人選手がロシアリーグでプレーをするということ自体、ちょっと前までは想像もできなかったことだが、その試合を、CSとはいえ、日本のテレビ放送で観られるとは、本当に隔世の感がある。

 で、昨日、CSKAモスクワVSゼニト・サンクトペテルブルグという興味深いカードをやっていたので(例の地下鉄テロ事件の関係で延期されていた試合らしい)、つい観ちゃいました。CSKAにとっては勝てば首位というホームゲームだったが、この試合ではゼニトの堅守速攻が冴え渡り、0対2でゼニトの完勝。本田圭佑もあまり攻撃に絡めず、とくに見せ場もないままに終わった。

 個人的に、ロシアとは四半世紀ほどかかわっているし、サッカー好きのつもりだが、ロシアの国内リーグの試合をちゃんと観たのは、たぶん初めてくらいじゃないかと思う。考えてみれば、これまではロシア代表とかクラブチームの国際試合くらいしか観ていなかったと思う。

 そんなわけで、嬉し恥ずかしロシア国内リーグ初観戦。印象としては、ロシアも昔に比べればだいぶ経済的に豊かになって安定してきたから、国内のサッカーリーグも、わりと国際スタンダードに近付きつつあるんじゃないかなという感じだ。お客さんは満員とはいかないが、応援のスタイルなんかは、日本なんかとそんなに違わない雰囲気だ。ただ、ユニホームの名前がロシア文字で(写真の本田君の背中参照)、その点はエキゾチック。

 サッカーの中身は、解説の後藤健生氏も指摘していたけど、丁寧にパスをつなぐスタイル。フィールドは広いけれど、何だかフットサルを観ているような感じ。ファウルが非常に少なく、試合が止まっている時間がほとんどないから、ロスタイムも1〜2分しかなかった。外国人選手が増えたとはいえ、こういったところが、ロシアンフットボールの伝統なんだろうなと思う。

 ところで、本田選手は、自分に足りないのはフィジカルだから、あえてフィジカルの厳しいロシアリーグを移籍先に選んだと発言していたように記憶している。ただ、今回のCSKAとゼニトの試合でもそうであったように、私の印象ではロシアのサッカーで肉弾戦というのはあまり記憶になく、むしろパスをつなごうとするエレガント志向が強いように思う。本田君、ひょっとしたら、当てが外れてるかもしれないな。

 そんなこんなで、個人的にはたぶん初めてのロシアリーグ観戦体験で、興味津々だったわけですが。ただねえ、好事家向けのCS放送とはいえ、こんなもの日本のテレビで放送する必要あるんでしょうか。試合後にアナウンサーが、「今後のCSKAの日程を確認しておきましょう」とか言って、トミトムスクだのロストフだのテレクだのといったローカル臭プンプンの名前が出てきたのには、めまいを覚えた。

 日本人はつくづく、「日本選手が世界と戦っている」という構図が好きなんですね。本田君に近い力をもった選手なら、Jリーグにゴロゴロいるのに。ニュースでの取り上げ方などを見ると、たとえばガンバ大阪VSサンフレッチェ広島戦とかの結果よりも、「本田圭佑ゼニト戦でフル出場」といったアホなニュースの方が上だったりする。まあ、ガンバ大阪VSサンフレッチェ広島戦が、両チームのサポくらいにしか訴求しない話題であるのに対し、「本田圭佑ゼニト戦でフル出場」は、日本を代表して外国と戦っているかような幻想を操作することにより、薄っぺらな形ではあれ、不特定多数の関心事にでっち上げることが可能で、ニュースバリューとしてはそちらの方が大きいということなのかな。実にばかばかしいことだと思いますが。


ガスプロムとペテルブルグのかかわり

No.0005 2010年4月11日

 私の敬愛する宇都宮徹壱さんというサッカーライター(本業は写真家)が、最近、『フットボールの犬 ―欧羅巴1999−2009』(東邦出版、2009年)という本を上梓されました。著者が過去10年間に欧州各国のフットボールの現場を踏破してきた取材活動の集大成ですが、イングランド、スペイン、イタリア、ドイツといったサッカー大国よりも、ロシア、ウクライナをはじめとする東ヨーロッパや、辺境諸国が中心的な題材となっているという、斬新な書籍です。サッカーそのものもさることながら、それを取り巻く各国の歴史、社会、文化にも迫っており、文句なく面白い内容になっています。

 ただ、守備範囲が広く多様であるだけに、我々のような地域専門家の目から見ると、個々の論点では多少粗い部分も目に付きました。地域屋がこのようなことを指摘するのは大人気ない気もしますが、正確を期すために述べておきたいと思います。

 何の話かと言いますと、本書のロシアの章(Vol.16「変わるものと変わらぬもの」)で、ガスプロムがゼニト・サンクトペテルブルグを支援しているのは、プーチン政権が2008年大統領選でペテルブルグ出身のメドヴェージェフを勝たせることが目的だったという見方が披露されているのです。

 しかし、ガスプロムがゼニトの株式55%を取得して支援に乗り出したのは2005年末であり、当時メドヴェージェフは後継者として本命というわけではありませんでした。ガスプロムはこの頃から戦略的にペテルブルグに傾斜していたのであり、ゼニト支援はその文脈で理解すべきであって、メドヴェージェフ候補のテコ入れといった具体的な目的を掲げたものであったとは考えられないというのが、私の認識です。まあ、宇都宮氏も指摘しているとおり、ミレル・ガスプロム社長がペテルブルグ出身であり、ゼニトのファンであるという要因もあるみたいですけど。

 そこで、行きがかり上、今回は、ガスプロム社とサンクトペテルブルグ市のかかわりについて、事実関係を簡単に整理しておきたいと思います。

 私の知る限り、ガスプロムがサンクトペテルブルグ市に急接近し始めたのは、2005年の秋頃からであったようです。ガスプロムは2005年10月に、アブラモヴィチ氏の傘下にあった「ミルハウス・キャピタル」から、石油会社「シブネフチ」の株式約75%を、131億ドルで買収。ガスプロムはその直後に、シブネフチ本社の登録地をシベリアのオムスク市からサンクトペテルブルグ市に移転する方針を示しました。これにより、巨額の税収もペテルブルグ市のものになるので、オムスク州行政府(同州は税収の半分をシブネフチに依存していたと言われている)が猛反発したことは言うまでもありません。当時ガスプロムのミレル社長はこの移転について、石油積み出しターミナル、バルト・パイプライン・システム、製品販売の観点からペテルブルグを有望視してのことであると述べていましたが、そうした事業展開的な側面もさることながら、ペテルブルグ市行政府との癒着というニュアンスが強くにじみ出ていました。

 ガスプロムがサッカークラブ「ゼニト」の株式55%を4,000万ドルで取得したのは、こうした状況下で生じた動きだったわけです。交渉はやはり2005年秋に始まり、同年暮れに取引が成立しました。なお、ゼニトの残りの株式のうち、20%はガスプロム子会社「レントランスガス」のものだったので、この時点でガスプロムはゼニトの株の75%を支配したことになります。ちなみに、もともとアブラモヴィチのシブネフチはCSKAモスクワのスポンサーでしたが、UEFAのルールでは同一オーナーの複数のチームが同じリーグ戦に参加することはできないとされているらしく、ゼニト買収に先立って、シブネフチはCSKAへの支援を打ち切っていました。

 なお、シブネフチは2006年5月の株主総会で社名を「ガスプロムネフチ」に変更し、ペテルブルグ市への本社移転を正式に決定しています。

 さて、ガスプロムは2006年に入った頃、ペテルブルグ市行政府と共同で、ペテルブルグ市のオフタという地区に複合施設「ガスプロム・シティー」を建設するという計画をぶち上げました。直接の発注者となるのは、ガスプロムネフチ100%子会社の「ガスプロムネフチ・インヴェスト」であり、ガスプロムネフチも将来的にはこのビルに入居することを想定しています。そして、この建設計画が、大騒動を引き起こすことになります。まず、この施設の建設がペテルブルグ市の財政によって賄われるのに、最終的に完成のあかつきにはガスプロムがその所有者になるとされたこと。確かに、ガスプロムネフチがペテルブルグにやって来ることで市は税収が見込めますが、そのかなりの部分がガスプロム・シティ建設の支出で消えてしまうと指摘されました。ガスプロムネフチが市にもたらす税収が年間120億〜150億ルーブル、一方で市はガスプロム・シティーの建設のために10年間にわたって毎年60億ルーブルを拠出すると伝えられました。まあ、市としては不況地域のオフタ地区を再開発してなおお釣りが来るという計算だったのかもしれませんが、その分オムスク州が割を食っているわけであり、公的資金で建設した施設を一企業が取得するというのはどう考えても説明がつきません。しかも、2006年12月にガスプロム・シティーの設計・デザインが決定したのですが、300メートルもの高さの奇抜な高層タワーが建設されるということで、これがユネスコの世界文化遺産にも登録される北都の景観を汚すとして、各方面から反発の声が上がりました。

ガスプロム・シティーの完成イメージ図

反対勢力からは「トウモロコシ」と揶揄される

ガスプロム=ゴジラが北都の景観を破壊するという

アピール(民主政党ヤブロコのHPより)

 ただ、あまりにも問題が多すぎたため、ガスプロム・シティーの建設計画は、2007年6月に修正されたようです。建設プロジェクトの出資比率は、51%がガスプロムネフチ、49%が市行政府となり、市がカネだけ出して施設はガスプロムのものになるという不合理な方式は改められました。また、施設の名称は、ガスプロム色を薄めるためか、「オフタ・センター」に変更されました。しかし、いつの間にか高さは403メートルというということになっており、景観問題はまったく解決していません。高層ビルは2012年、施設全体は2016年完成予定というのですが…。

 このガスプロム・シティー/オフタ・センターの例を見ても分かるとおり、ガスプロムとペテルブルグ市の関係は、ガスプロム側がペテルブルグのドナー役を果たしているという単純なものではないように思われます。ガスプロムも、市との特別な関係から、しっかりと利益を引き出している模様です。ゼニトがらみで言えば、現在「ガスプロム・アリーナ」という新しいスタジアムを建設中ですが(設計は故黒川紀章氏)、これについても建設費は公的資金から出ていて、完成後にガスプロムに引き渡されるのだそうです。

 いずれにせよ、ガスプロムがこうしたペテルブルグ市との癒着関係を背景に、サッカークラブ「ゼニト」の経営・支援に乗り出したのが2005年終盤。当時はプーチン三選論も根強かったわけですし、後継者としてはむしろセルゲイ・イワノフ副首相の方が有力視されていました。メドヴェージェフ氏が後継者候補に確定したのは、2007年末のことです。ガスプロムのゼニトへのテコ入れを、ペテルブルグ出身のメドヴェージェフを大統領選で勝たせるための作戦と見なすのには、明らかに無理があります。もっとも、有力視されていたイワノフ氏も、ペテルブルグ出身ではありますが。要するに、プーチン政権がペテルブルグ人脈で固められたこともあり、プーチン政権=ガスプロム=サンクトペテルブルグ市の鉄の三角形、癒着関係が出来上がり、すべてはその枠内で生じたと、まあそんなところですね。雑駁な文章ですいません。


間に合うのか、ユーロ2012決勝戦会場?

No.0004 2008年12月19日

 ウクライナ出張から帰ってきたところです。キエフの街を歩いていたら、オリンピック・スタジアムの改装工事現場に出くわしました。2012年にポーランドとウクライナがサッカー欧州選手権(ユーロ2012)を共同開催することになっていて、その決勝戦が行われるのがまさにこのスタジアムなのです。晴れ舞台に向け、8.5万人収容の国際基準のスタジアムに改築すべく、工事をやっているわけですね。

 しかし、ウクライナのインフラ整備が大会に間に合うだろうかというのは、以前から不安視されていました。今回の出張中に観たテレビニュースでも、UEFA会長のプラティニが、「キエフのスタジアムが間に合わなかったら、ウクライナから開催権を剥奪し、ポーランド単独開催にする」と発言したとかいう話が、まことしやかに伝えられていました。何でも、このスタジアムの工事が2010年12月までに終わらなければ、たとえ他のスタジアム(ドネツク、ドニエプロペトロフスク、リヴォフ)が間に合っても、全部ポーランドに行ってしまうとかで。

 そんなこんなで、突貫工事をやってるわけなんですが。何せ、この金融危機のご時世ですからねえ。ウクライナは新興国でも最も打撃を受けているし、IMFからは緊縮財政を命じられているし、建設部門はとくにやばいセクターだし……。いったいどうなることやらという感じです。


アルシャヴィンと黒川紀章を結ぶ線

No.0003 2008年6月22日

 無視を決め込んだユーロ2008でしたが、やはり気になってしかたがありません。ただ、個人的に思い入れていたルーマニアは惜しくも一次リーグで敗退してしまい、逆にどうでもいいと思っていたロシアが旋風を巻き起こしつつあります。

 オランダVSロシアの準々決勝は、TBSでやったので、録画して、翌朝観ました。いやあ、ロシアのサッカーで、こんな鮮烈な印象を受けたことは、いまだかつてなかったですね。アルシャヴィン、すごいですね。恥ずかしながら、わたくし、ロシア・サッカーに関する知識は、ロマンツェフ時代で終わっているものですから(笑)、アルシャヴィンのことなんか、全然知りませんでした。

ありえないクロス

3点目のゴールを決めた後

 でも、何にもコメントできないのもシャクなので、連想ゲームです。アルシャヴィンといえばゼニト・サンクトペテルブルグ所属。ゼニトといえば、

黒川紀章

ですよね。

 ちょっと説明しますと、現在、ゼニトは「ペトロフスキー」というスタジアムを使っているのですが、62,000人収容の新スタジアムを現在建設中です。その新スタジアム「ガスプロム・アリーナ」のデザインを手がけたのが、かの黒川紀章氏だったのですね。

 実は、2007年2月に東京で「日露投資フォーラム」という催し物がありまして、私の勤務するロシアNIS貿易会が主催者の一つでした。この席で、新スタジアムの設計契約の署名式が行われ、私は写真係だったものですから、壇上で契約書に署名する黒川紀章氏を激写したという思い出があるのです。

 黒川氏は当時、東京都知事選挙に出馬することが取り沙汰されていて、すっかり時の人でした。楽屋での黒川氏の様子もずっと見ていましたが、元気そうだったんだけどなあ。それが、その年の10月に亡くなっちゃうんですから、びっくりしました。

 というわけで、黒川氏の遺作の一つとなってしまったガスプロム・アリーナは、2010年のこけら落としが予定されています。そのスタジアムでアルシャヴィンの勇姿を……見るのは、無理か。今回のユーロで大ブレークして、どこかのビッグクラブに買われるんだろうなあ。でも、今のロシアという国の勢いからすれば、何年か後にゼニトとかがビッグクラブになっているかもしれないけれど。


シャフタール・スタジアム、鋭意建設中

No.0002 2008年1月30日

 「マンスリーエッセイ」のコーナーに書いたドネツク訪問記の、スポーツ番外編です。

 ウクライナ・ドネツクの街を歩いていたところ、例のヴィクトリア・ホテルのすぐ近所で、サッカースタジアムの建設現場に出くわしました。当地には「シャフタール・ドネツク」という有名なサッカークラブがあり、私が目撃したのはシャフタールが使用する5万人収容の新スタジアムの建設風景に他なりません。東欧地域ではよく知られたトルコのゼネコン「エンカ」社が工事を請け負っているようです。今年夏の完成を予定しているとのこと。

 なお、「シャフタール」は、ロシア語では「シャフチョール」で、炭坑夫の意味ですね。石炭の街らしいチーム名です。

 ちなみに、以前にも書きましたが、2012年のヨーロッパ選手権は、ポーランドとウクライナが共同開催することがすでに決まっています。開催都市は、ポーランド4箇所、ウクライナ4箇所で、後者は具体的にはキエフ、リヴォフ、ドニエプロペトロフスク、そしてドネツクです。当然のことながら、ドネツクの会場はシャフタール・スタジアムであり、新スタジアムはこのイベントをにらんだ投資という側面もあるのでしょうね。4年後に、このスタジアムでユーロの熱戦が繰り広げられるわけです。

 シャフタール・ドネツクのオーナーは、ウクライナ随一の大富豪として知られるリナト・アフメトフ氏です。個人資産84億ドルとも言われ、半端な金持ちではありません。その潤沢な資金を活かし、シャフタールは近年精力的に戦力の強化を進めてました。UEFAチャンピオンズリーグの常連にもなっているので、日本のサッカーファンの間でも知名度が上がっているのではないでしょうか。

 ドネツク滞在中、ある晩テレビをつけると、アフメトフ氏が番組に出演し、自らのクラブに関するインタビューに応じていました。「我々の目標は、シャフタールをヨーロッパの一流クラブにすることである」と力説するアフメトフ氏。キャスターの意地の悪い質問にも、立腹したり、はぐらかしたりせず、誠実に受け答えしているのが印象的でした。意地の悪い質問というのは、なぜあの監督をすげ替えないのかとか、新戦力は期待外れではないかとか、新しいエンブレムが不人気のようだが(笑)とか、まあそういったようなことです。

 アフメトフ氏は、聖人君子には程遠い人物のはずですが、稼いだカネを地元のサッカーチームに還元している点一つとっても、ロシアのアブラモヴィチ氏(イングランド・チェルシーのオーナー)よりは好感がもてるというものです。テレビカメラの前で、クラブ経営の哲学を堂々と披露するその姿に、私は感じ入らずにはいられませんでした。翻って、日本のJリーグやプロ野球には、理念を語ったり、ファンに対して説明責任を果たせるオーナーや経営者が、果たしてどれくらいいるでしょうか?

 

 

シャフタールの新エンブレム

ウクライナの主なクラブの1試合平均観客動員数

 ただ、私がドネツクに滞在した12月は、リーグ戦が中断中ということもあってか、街全体がシャフタールを熱烈に応援しているような雰囲気が、あまり感じ取れませんでした(ウクライナの場合、国内のリーグ戦をヨーロッパに合わせて秋〜春シーズン制に変えたのですが、やはりこの国で冬にサッカーをするのは辛いらしく、長い冬季中断があるのですね、笑)。インタビューでも話題になっていた、新しいエンブレムが、街中を飾ってはいましたが、どうも上からのお仕着せのような雰囲気があって。シャフタールの観客動員はウクライナではトップですが、それでも今シーズンの平均で17,000人程度にすぎず、しかも年々低下しています(表参照)。5万人収容のスタジアムなんかつくって、大丈夫?


BSの番組でベラルーシのサッカー事情を特集

No.0001 2007年7月10日

 NHKのBSで放送している「世界のサッカー情報」という番組があります。20分ほどの帯番組で、スポーツ放送の中継などで時間が余った時に流している感じの番組です。制作はNHKではなく、「FIFA Futbol Mundial」というのが原題ですから、ひょっとしたらFIFAが制作しているのかもしれません。先日(7月7日)、たまたまテレビを観ていたら、この番組でベラルーシのサッカー事情のことを取り上げていましたので、その内容を簡単に紹介します。

 といっても、あまり目新しい話はありませんでした。ディナモ・ミンスクが1982年にソ連リーグで優勝して以来、ベラルーシのサッカーはクラブでも代表でもぱっとせず、色々と改善が必要であろうという、ごくありふれたストーリーです。

 唯一、面白いなと思ったのは、UEFA内の政治力学のことです。ご存知のように、2012年のヨーロッパ選手権が、ポーランドとウクライナの共催に決まりました。今回の番組によると、ベラルーシ・サッカー協会は、このことを自分たちの国にとっても追い風と捉えているようです。何でも、プラティニ新会長が、東ヨーロッパ重視路線を公約に掲げており、ポーランド・ウクライナ共催もその流れに沿ったものであるということのようです。ベラルーシ・サッカー協会のネヴィグラス会長は、今回の番組のなかで、「我々はプラティニ会長のそうした路線を断固支持する」と明言しています。まあ、旧ソ連・東欧ひっくるめれば、東ヨーロッパは国の数が多いですから、多数派工作のために重視するのも理解できます。EUの東方拡大ではありませんが、プラティニ会長の下で、ヨーロッパ・サッカーの重心も東にシフトしていくのでしょうか(でも、そうした路線なら、フランス人ではなくドイツ人がやった方が合点が行きますが)。

 ただ、我々のような地域の専門家から見ると、ポーランドとウクライナという組み合わせは、歴史的・国民的に、必ずしもしっくり来ませんね。ポーランド+ウクライナ+ベラルーシなら、据わりが良くなりますけど。あるいは、ポーランド+リトアニア+ベラルーシとか。まあ、歴史的・地理的な紐帯だけでなく、現在の国際政治のなかの立ち位置や、肝心な近年のサッカーの実績などを考慮して結成された共催パートナーということなのでしょう。

 ところで、皆さんはイングランド・プレミアリーグの強豪アーセナルで、フレブというベラルーシ人プレーヤーが活躍しているのをご存知ですか?  実は私は、ヨーロッパのビッグクラブのなかでは以前からアーセナルが好きだったのですが、偶然にもそのチームにベラルーシ人選手が加入したのですね(2005〜)。ただ、日本のテレビ中継で「フレブ」と呼ばれるのを聞いて、最初は、「おいおい、名前が『パン』かよ!」などと思ったものです。綴りが「Khleb」、つまりロシア語で「パン」という意味の単語なのかと思ったのですね。でも、もしかしたらベラルーシ語の「g」が無声子音化してローマ字で「h」と表記されるパターン、つまりもともとは「グレブ(Gleb)」なのかもしれないなと見当をつけて調べたところ、実際にそうだったという次第です。

 それで、アーセナルでプレーしているのはアレクサンドル・フレブ(私の趣味から言うと「グレブ」と読みたいところ)ですが、ヴャチェスラフ・フレブという弟もいて、弟もベラルーシ代表に入っているということを、今回の番組で初めて知りました。両方とも、今回の番組でインタビューに答えています。

「世界のサッカー情報」より

(テレビ画面をデジカメで撮ったものなので不鮮明でスイマセン)

ベラルーシ・サッカー協会のネヴィグラス会長。FIFAやUEFAが実施している様々な研修プログラムを活用して底上げを図りたいと発言。

 

ベラルーシ代表のプントゥス監督。今回のユーロ予選を勝ち抜くのは厳しい情勢だが、チームは潜在力を秘めているとして、将来については楽観。

 

アーセナルの攻撃的MFフレブ。自分もぜひともワールドカップやユーロに出てみたいと発言。(注:本人はクラブレベルではヨーロッパ・チャンピオンズリーグの決勝という最高の舞台をすでに経験している。)

 

ウクライナ・リーグでプレーするコルニレンコ。より高いレベルをめざして国外のチームに移籍するのは当然との立場。

 

今年5月にミンスクで行われたベラルーシ・カップの決勝。ディナモ・ブレストがPK戦の末ボリソフBATEを下したが、観客の姿はまばら。

 

現ベラルーシ国旗を顔にペイントしたサポーター。

(若干気味ワル)

 


 

 

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